送り狼
私は胸に過る小さな不安を打ち消すように
頭を大きく左右に振った。
『今は…
こんなに楽しいんだもんっ!!
余計な事は考えないっ!』
「…真央…?」
そんな私の行動を不思議に思った銀狼が私を覗き込んでいた。
私は…
彼に余計な心配をかけまいとニッコリ微笑む。
「…ううん!何でもないっ!」
「…そうか?」
心配そうな表情をした銀狼だったが
私の答えに納得したようで、すぐさま微笑みを浮かべ
自分の手を私に差し出してきた。
「………」
私は、嬉しくて…
差し出された彼の手を…
しっかりと握り返したんだ。
お祭りの淡いオレンジが心地良い…。
銀狼はまたいつものように口を噤んでいるけれど…
その沈黙も悪くないな…とさえ思う…。
彼の握った掌が、いつもの冷たい彼の手とは違い、少しの温度を持っていて、
それが繋いだ掌から、私に淡く流れ込んで来る…。
今の私は、そんな彼の少しの変化でも嬉しく思うのだ…。
その変化が『夏代子』の為ではなく、
『真央』の為のような気がして…。
手を繋ぎ、無言で歩く私達に威勢の良い声が降って来た。
浴衣姿のでっぷり肥えたおばさんだ。
「お嬢ちゃん!良い男連れてるねぇ!!
若いもんがイチャイチャしてるんじゃないよっ!!
ほらっ!!始まった!!」
おばさんがそう言うと、古い歌が流れ出す。
「今日は犬神様のお祭りだっ!!
犬神様に喜んで貰えるよう、踊った、踊った!!」
そして、おばさんは私と銀狼を皆が囲む輪に引きずり込んだ。
私達は目を合わせてお互いに笑い合い、踊りの輪に加わったのだ。
古い歌に合わせて、皆同じ踊りを踊る…。
…銀狼も、私も…。
私は、この歌も踊りも知らないはずなのに…
知っている…。
皆と同様に踊れる自分に…
不思議に思いながらも…
不思議に思えない……。
なんなのだろう?
この違和感は…
『余計な事は考えないっ!!』
私は、自分にそう言い聞かせた。
あぁ…
しかし…
輪を囲む人々のこの穏やかな表情に覚えがある…。
私は……
この光景と、ここにいる人々を…
こよなく愛していた…。
そう思った時、
無意識に私の瞳から涙がこぼれ落ちた。
そんな自分自身に驚く…。
湧き上がる、堪らないほどの哀愁に一人その場に立ち尽くす…。
「…!?」
少し離れていた所で輪を組んでいた銀狼が、私の異変に気付いて駆け寄ってきた。
「どうした!?真央!?」
「…なんでもない…なんでもないんだけど…!!」
そう言う私は大粒の涙を次々に落としていく…。
銀狼はそんな私を抱きかかえ皆の輪から連れ出した。
そして社の縁側に私を座らせ、自分もそこに腰を下ろした。
「…どうしたのだ?真央…」
心配そうに私を覗き込む金色の瞳…。
私の瞳には、まだ涙がうっすらと滲んでいる…。
「…わかんない…。
わかんないんだけど、何か急に切なくなって」
「………」
「…でも…昔もこんな事あったよね!
銀狼があんまりにも格好良いから、村の娘達が私に嫉妬しちゃって…
あぁ!!あの時は、私が輪から連れ出したんだった!」
「…真央…??」
銀狼の視線が私に突き刺さる。
「え…?何?」
「…お前…思い出したのか…?」