送り狼

「…夏代子…」


何?誰かが私を呼んでる?

瞑られた瞳を開こうとしてみるものの

『強い輝き』に邪魔されて、瞳を開けない。


「…夏代子…俺は、お前を愛していた…」

誰?

銀狼??

私の身体を誰かがきつく抱きしめている。

「…さようなら…夏代子…」

その人物の落とした雫が、私の頬へ落ちる…。

銀狼?

大丈夫。

もう一人にしないから

お願い、泣かないで……。

私はその意志を銀狼に伝えようと、『強い輝き』に反して

瞳を無理矢理に開く……

『銀狼!!』

「……!!」

痛い程の白い輝きの中で私の見たものは……

悲しく揺れる…

『翠緑の瞳』。


「……山神っ!?」


叫んだ瞬間……


「真央っ!?気がついたのかっ!?」


心で求めた人物の声に傍らを見ると…


心配そうに揺れる金色の瞳が私を見下ろしていた…。


「大丈夫かっ!?真央っ!!」


ふいに、自分の本当の名を呼ばれ、現実に戻る…。


「…あれ…?あたし…」

まだ頭がボンヤリとしていて状況が掴めない。

「お前…

 こちらに戻って来ても目を覚まさないから…

 心配したぞっ!!」

怒鳴りつける銀狼を見ると、その心配の度合いが伺える。

まだボヤケタ頭で、辺りをゆっくり見回してみると…

そこは、おばあちゃんの家だった…。

私は、銀狼の腕の中…


「…すまなかったな…」

銀狼がしおらしく呟く…。

「…お前たち人には、あの世界が身体に毒なのは

 解っていたのに…」

「…ううん…。違うよ銀狼」

私は、銀狼の言葉を否定した。

「…多分…、そんな事じゃない…」

はっきり否定する私に銀狼は、困惑の瞳をなげかける。

「…真央…?」

「……あ…、違うの…

 何だか、まだちょっと調子が戻らないみたいで…」


……銀狼に知られたくなかった…。


「…そうか…。では、寝床を用意してやろう。

 今日はゆっくり休め…」

そう言うと銀狼は隣り続きの部屋へ寝床の準備をしに部屋を出て行った。



一人部屋に残された私は、あの写真立てに視線を向ける…。


目覚める前に、私の見た『あれ』は一体どういう事なのだろう…。


『愛している』と強く抱きしめる相手は、当然銀狼だと思っていた。

でもあの、深い緑の瞳…

あれは、間違いなく『山神』の瞳だった…。

これは、一体どういう事なのだろう?


それに…

私に起こった変化…。

夏代子の物であろう記憶が、当然のように私の中にある…。

その記憶は断片的で、まだ、わずかな物なのだが、

『見せられていた記憶』からの、この変化は

私を焦らせるには十分な出来事だった…。


遠い昔…

山神と夏代子の間で交わされた約束…


『おばぁちゃん…

 一体何があったの…?

 …おばあちゃんは…

 本当に銀狼を裏切ったの…?』


私は過るよからぬ考えを振り払うように頭を振る。


『そんな事は絶対に無いっ!』


例えそうだとしても…

私は違う…

私は違うんだっ!!


私の瞳に決意の色が宿る…。


「真央!準備が出来たぞ」

銀狼にそう呼びかけられ、彼を見つめる…。

「…??どうした?真央?
 
 やっぱり、何か変だぞ」

余りに熱く見つめすぎたせいか、銀狼は不信に思っているようだ。

「…くす…今度は、絶対にカレーを食べさせてあげるね」

私は笑いかける。

「…あぁ…楽しみにしているよ」


…うん…。

銀狼、絶対に楽しみにしていてね。


私は銀狼に抱き抱えられ、触れられた部分から伝わる優しさに

そっと瞳を閉じた…。




 




< 118 / 164 >

この作品をシェア

pagetop