送り狼

「くっくっく…」


夏代子との出会いの時は今想い出しても笑える。

あの時の事を振り返って見れば、その手法は実に『夏代子らしい』のだが。


あれから、毎日のように山で会い、お互いに沢山の話をしてきた。


銀狼の中に芽生えた『保護本能』が『愛』へと変わるのに

長い時を生きる彼にとって、さほど時間はかからなかったように思う。


夏代子が『人柱』と、周囲に知れた時、

自分の想いが『保護本能』でなく、『愛』だと悟ったのだ…。


守ってやりたかった…

誰にも渡したくなかった…

共に生きたいと願った…


その想い全てが『愛故』だった…。


今宵、銀狼は夏代子を連れ、この村を出る…。


生身の身体である夏代子は、神の世界、『神界』では生きれない。


ならば…

自分が人の世に身を落とそうと思った。


生身の身体である夏代子に制限があるように、

神である彼にも制限はある…。


社を捨てた神は、長く生きれない。

神の存在理由、それは『願い』だ。

人々の『願い』を受け、神は誕生する。

社とは、その不安定な『願い』を目に見える形にしたものだ。

社を捨てる、それは『願い』を失う事…。

『願い』を失った神は役目を終え、自然に還える…。

だから、社を捨てた神は長く生きられない…。


それでも…


その残りの命は、人間のそれより長く思われたし、


何より…


このまま、夏代子を見捨て、二度と会えなくなるぐらいなら

延々と続く無駄に退屈な日々など、捨ててしまっても惜しくなどなかった。



「…神ともあろう者が…

 実に青臭いな…」


銀狼は、自分の想いを鼻で笑う。



『…あぁ…今宵の満月は…

 真に美しい…』


銀狼は再び視線を美しい月へ投げる…。


その眼差しは愛しい者を想う眼差し…。


もうすぐ、ここへ来るであろう夏代子を想う幸せは

優しく銀狼を包み込んだ…。



< 128 / 164 >

この作品をシェア

pagetop