送り狼

山神の問いかけに、夏代子は少し俯いた…。


「…私は…」


そこで、一旦言葉を止める夏代子を山神は優しい視線で見守っている…。


「…私は…あの人を生かしたいっ!!

 例えそれが、あの人を傷付ける事になったとしてもっ!!

 そして………

 私の今の思いをキチンと伝えたいっ!!」


このまま…

何も告ず別れる事になったら、銀狼はきっと、夏代子に裏切られたと思うに違いなかった。

それでお別れとは…

余りにも辛すぎるし、銀狼も救われないと思った。


俯いた顔を上げ、真っ直ぐ山神を見つめる夏代子の瞳には

何の曇りもなかった…。


清々しい程に澄んだその瞳は、初めて会ったあの時の瞳と、なんら変わり無い。


『あぁ…やはり…夏代子だ…』


山神はその事を嬉しく思い、優しい笑顔をこぼす…。


「…解った…。

 では、俺はお前の望みを叶えよう…」


「…え…??」


想定外の返答に、夏代子は山神を凝視する…。


「…そんな顔をするな…。

 お前の望みを叶えようと言っているのだ…」


「しかし…」


山神の表情が変わった。


「…お前はすでに俺に喰われかけている…。

 俺の力を持ってしても、全て元通り…とは行かぬ…

 …解っているな…?」


山神の無表情な物言いに、夏代子はこれから告げられる事に無意識に覚悟させられる。


「…ええ…解っているわ…」


夏代子の返答を得た山神は淡々と話を続けた。


「…当たり前の話だが…

 無を有へ変えるなどという芸当は神である俺にも出来ん…。

 お前の望みを叶えるには代償が必要だ…。

 …それも莫大な…」


「…………」


夏代子は返答の変わりにゴクリと生唾を飲み込んだ。


「俺は…人の想いで一番強いものを代償に貰う…。

 人間の中で一番強い感情と言えば…

 『愛する想い』だろう…?

 …夏代子…、俺はお前の『銀狼に対する愛する想い』を

 代償に貰う」


淡々と続ける山神の言葉に、わずかに夏代子の瞳が揺れたように見えた。


「そして…、俺とお前は分離し、お前は元の生活に戻る…。

 ただし、代償を支払ったお前は銀狼を愛した記憶を失い、

 俺も銀狼も力を使い果たし、長い眠りにつく事になるだろう…」


--何という悲恋話しなのだろうか?

夏代子が人として目覚めた時には…

銀狼は眠りについているのだ…。

しかも…

銀狼を愛し、愛された記憶を失って…。

誰かを深く愛した事のある者であれば、

それがどんなに、酷な話しであるか、たやすく想像出来るだろう…。


それでも…



今の夏代子にとって、それが、どんなに酷な話しであっても、

例え、この先、二度と銀狼に会う事が叶わなくても、

このまま銀狼を見捨ててしまうより、幾分もマシなように思えた。




 

 

 





 










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