送り狼

険しい表情で宙を睨む夏代子を、山神は黙って見つめていた…。

山神には、夏代子の想いが、手に取るように解る…。

自分の口から紡がれる言葉が、愛し合う者にとって、どんなに残酷な話しであるかも十分理解している…。


それでも…


夏代子は間違う事なく選ぶだろう…。


「…夏代子…」


山神の呼びかけに、宙を見据えていた夏代子の視線が彼を捉える。


黒目がちの大きな瞳だ…。


「…夏代子…、銀狼に想いを伝えたければ、生をつなげ…。

 俺は、代々受け継がれるお前の血の中に、

 『人柱』の素質と共に、『記憶』を封じる…。

 お前の繋いだ生の中で、再び『人柱』が目覚める時、

 お前の銀狼を愛した記憶は、その者の中で、思念として息づく…。

 その時こそ、お前の想いを銀狼に伝えるといい…」


夏代子の山神を見つめる黒い瞳が、かすかに震えている。

わずかな希望を感じての事だろう…。

しかし…

山神は今から、更に残酷な言葉を彼女に告げなければならなかった…。


それを告げるのは…


山神にとっても非常に辛い事だ…。


何故なら…


聞かずとも夏代子の答えは解っていたからだ。


今宵程、自分の唇を重いと感じた事はない…。


それでも…彼は、重い口を開く…。


「だが…次代の人柱は…

 お前のようであって、お前ではない。

 お前の血に、記憶を刻むという事は、

 血に、魂を刻む事だ…。

 それによって、お前は輪廻の輪から外れ、
 
 その生が終われば、お前の魂は消滅するだろう…」


すぐには、山神の言っている事が理解出来ない。

夏代子は黙って山神を見つめる。


「…つまり…

 銀狼に想いを伝えるのは、悪魔でもお前の思念であって

 お前ではない…。

 お前自身が、銀狼にあいまみえる事は…

 二度とない、という事だ…。

 意味は解るな…?」


夏代子の黒曜石のような真っ黒な瞳は…

山神の辛辣な言葉にも、光を失わない。


山神の言っている事は…

夏代子もよく解っていた。


それは、輪廻によって生まれ変わり、再び銀狼と出会うという

かすかな望みの断絶を意味している。




 

 


< 142 / 164 >

この作品をシェア

pagetop