送り狼
夏代子の唇が己の決意を山神に伝える為、
ゆっくりと動き出し…
そして、その言葉を音にした…。
「…それで…かまわない…」
どっちにしろ、自分は、銀狼の前から姿を消す事になるのだ…。
そうなると…
彼は、いつ尽きるともしれない永い時を
この忌まわしい出来事に縛られながら、永遠に一人生きていかなければならなくなるのだ…。
銀狼は、発狂してしまうかもしれない…。
逆の立場で考えれば、そのような事はとても夏代子には耐えれそうにない。
それならば…
いつか…
それが、いつになるのかは全く解らないが、
いくつかの時を経て、彼に夏代子の想いを告げる者が現れ、
銀狼の心が、悲しみや、孤独から解き放たれるれる事を
夏代子は強く願った…。
それに…
その事を伝えてくれる者は、他人ではないのだ…。
夏代子の子供か、それとも孫か…
もっともっと先の者かもしれない…。
その者は、夏代子の繋いだ命なのだ…。
それは、夏代子の生きた証。
銀狼と生きる道は異なっても、
例え、二度と会う事は叶わなくても、
夏代子がこの世にしっかり根付き、生きたという証明になる…。
『銀狼なら…
きっと、解ってくれる…!
こんな素晴らしい事はないわっ!』
「…ふふふ…」
ふいに夏代子の唇から笑が零れた。
その様子を黙って見ていた山神は、この状況に笑を浮かべる夏代子に驚きながらも
その真意を知りたくて訪ねた。
「何が可笑しいのだ?」
「…え…??あぁ…ふふふ…」
怪訝な表情で自分を覗き込む山神の姿が、これもまた可笑しくて、
夏代子は、満面の笑を浮かべて答えた。
「…あの人がね… ふふ…
私の血を継ぐ者と会った時、どんな顔をするのかしら?
って想像してみたら、可笑しくて…」
そう言ってまた笑い出す夏代子に山神は、少し考えて正しいと思われる意見を述べる。
「…もし…そうなったら…
奴は切れるんじゃないか?
お前に裏切られたと思って何年も過ごす事になるのだろうし…」
山神の言葉に夏代子は、はっとしたような表情を一瞬浮かべる。
「…あら…そうねぇ…。
ふふ…、怒るでしょうね…。
…でも、銀狼なら、きっと許してくれるわよ…」
その自信は一体何処から湧いてくるのか…
夏代子は、銀狼を心底信じきっているのだろう…。
その純粋な力強い姿は、山神の目に少し羨ましく映った。
「…では…そろそろ…良いな…?」
山神の言葉に、夏代子はコクリと頷く。
「…えぇ…。お願いします…」