送り狼
私は狂ったように銀狼の腕の中で暴れていた。
そんな私の行動が、銀狼の怒りをさらに煽る事になるとも知らずに。
私を締め付ける銀狼の腕にさらに力が込められていく…。
ついには、締め付ける力で息すら吐けない程に…。
「…っかはぁっ…!!」
その息苦しさに耐え切れず、銀狼の鋭い視線から逃れる為、彼の胸に隠していた顔をついに上げた。
瞬間…
私の瞳に飛び込んで来たのは…銀狼の表情…。
口元はへの字に結ばれ、眉間には幾筋もしわが寄せられている。
金色の瞳は激しく歪み、ゆらゆらとした鈍い輝きは、怖い程まっすぐ私に向けられていた。
その表情は、怒っているのか、悲しんでいるのか…
……あぁ……そうだ……
これは苦しんでいる表情(かお)だ…。
銀狼のへの字に結ばれた唇が、おびえたようにかすかに震え、言葉を吐き出す…。
「…何故、お前はいつも俺の腕の中からすり抜けて行く?
二人で生きて行こうと、そう誓った唇で、何故俺に嘘をつく?
お前は何度俺を裏切れば気が済むんだ?
…あの日、何故お前は俺の元には来なかった!?」
掠れた呟きは語尾に向かうに連れ、熱をおび、とうとうその苦しい胸の内を吐露する。
歪んだ金色の視線は、容赦なく私に突き刺ささり、否応無しに『あの日の約束』へと私を立ち返らせる。
そうだ…。
いつもそうだったじゃないか…。
銀狼がこんなに激しく感情をぶつけて来る時、理由はいつも決まっている。
これが、彼のトラウマだ…。
彼の重いトラウマを目の当たりにして、私は徐々に冷静さを取り戻していた…。
彼は肉食動物でも、何でもない…。
ただ、やり場のないどうしうようもない感情を私にぶつけているだけだ。
銀狼にとって、『夏代子』である私に…。
そして…
今、彼をその苦しみから救ってやれるのは…
私だけだ…。
その結果、『真央』の存在が銀狼に拒絶される事となっても…。
言わなければいけない…。
今、言わなければ…。
私は、一度瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。
私を抱きとめる銀狼の力強さを、匂いを、身体で感じながら吸い込んだ息をゆっくり吐き出した。
そして、銀狼の揺れる瞳を真っ直ぐ見返す。
「…銀狼…。大切な話しがあるの…。
聞いてくれる…?」
もしかすると…
私の声も、銀狼同様、震えていたかもしれない…。