送り狼
夏の嵐は、長く続かない。
雷鳴が徐々に遠ざかって行くのを感じる。
突然のゲリラ豪雨は一瞬で全てを飲み込み、深い爪痕だけを残した。
凶器のようだった雨が、すっかり落ち着きを取り戻し、「しとしと」と、私と銀狼に降り注ぐ…。
その雨を「優しい雨」だと感じたのは私だけだろうか…?
銀狼は、不安気な瞳を私に向けていた。
それもそうだろう…。
今まで答える事が出来なかった銀狼最大の疑問に答えようと言うのだから…。
切り出したのは私から…。
「…銀狼の言う通り、私、山神に会いに行ってたの…」
「……っ!!」
大声を上げようとする銀狼にすかさず静止をかける。
「いいからっ!!聞いてっ!!」
声を荒げる私に、一応は言葉を飲み込んだ銀狼だが、その瞳はギラギラと殺気立っていた。
「…お願い…。最後まで聞いて…?」
たしなめるように、呟いた。
彼に伝わりますように…
そう、祈りを込めて。
「私、本当の事が知りたかったの…。
私が生まれる前に何があったのか…
あなたをそんなにも苦しめているものは何なのか…
ちゃんと知りたかった。だから、山神に会いに行ったの」
銀狼の瞳が一段と鈍く光る。
「…今更、それを知ってどうする…?
過去世の懺悔のつもりかっ!?
いらぬ事よっ!!」
古い傷口に不用意に触れられた銀狼は、怒りを表わにした。
その余りの激情に、肩で息をする彼が私の瞳に痛々しく映った。
「…らない事なんかじゃない…」
「…何だとっ!?」
「…いらない事なんかじゃないよっ!
必要な事だよっ!!」
「……っ!!」
彼を射抜く私の視線に彼も思わず口を噤む。
「…だって…銀狼、苦しんでるじゃん…
ずっと…、ずっと、苦しんでるじゃん…
…だから…私…」
「それがいらぬ事だと言っている!!」
遮ったのは銀狼…
顔をクシャっと歪ませ、頭を振ると、もう一度私に視線を合わせた。
視線が熱い。
「俺は、…お前がいればいいっ!
一度は失ったと思ったお前が、俺の前に帰って来た…。
俺は、それでいいんだっ!!」
激しく歪んだ痛々しい表情が、それは嘘だと物語っている…。
『約束の日』に誰よりもこだわっているのは銀狼なのだから…。
その証拠に、古傷はいつまでもじくじくと、彼を蝕んでいる。
私は、そんな彼から視線を反らさない。
見届けなければならない、何故か強くそう思った。