送り狼
「はあっ……」
男はわざとらしく深いため息をついた。
「お前は…、一体何が気に入らないというんだ??」
そう言って、ジロリと横目で私を睨む。
「気にいる、気に入らないの問題じゃないっ!勝手にこういう事はしないでっ!!」
男はその言葉にブスっとした表情で反論してきた。
「久しぶりに会った婚約者に口付けして何が悪いっ!」
…コイツはっ!!
「だからっ!!違うって言ってるでしょっ!?少しは人の話しを聞きなさいよっ!!」
「何が違うというんだ?」
男は当然の事のように言う。
「あたしの名前は真央っ!!夏代子じゃないのっ!!根本的にあんたが間違ってるでしょう!?」
息をまいて喚き散らす私に男は、再びため息を吐く。
そして、私に一輪の花をそっと差し出してきた。
「これは、お前だろう??」
その花は白くて、小さくて……
昼間おばあちゃんの家に行く途中、私が犬神様にお供えした花だった。
「お前が、眠っていた俺を呼び起こしたんだ。こんな事出来るのは夏代子ぐらいだ。」
「……どうしてこれをあんたが……??」
そう言って、男の顔を見上げると、真剣な目をした男の視線とからむ。
「お前は、本当に全て忘れてしまったのだな…」
ーーこの人、全く人の話を聞く気はないな……。
「まあ、よい。俺はこの社の主、犬神の銀狼(ぎんろう)だ。」
ーーはい??
「山神との戦いの後、しばし眠りについていたが、こうやってお前に目覚めさせられ
再び再会する事ができた。」
ーー何言っちゃってんの!?
「今は、それで満足としとこうか。」
そう言って、ニッコリと微笑んだ。
ーーはいーーっ!?
「ちょ、ちょっと待って!!犬神ってっ!?神様って事!?」
銀狼と名乗ったその男は、鼻をふんっと鳴らして、意地の悪い目を私に向ける。
「何を今さら。記憶が無いというのも、厄介だな。」
訳の解らない話しに慌てて反論する。
「だって、どっからどう見ても普通の人じゃんっ!!信じられないよっ!」
私の慌てようを見て、銀狼はクスリと笑う。
「ああ…。この姿か。お前との久しぶりの再会だったので、お前に合わせたんだが……」
そう言って、指をパチンっと鳴らした。
ボンっ!!!
銀狼の姿が煙幕のような煙におおわれる。
やがて煙が晴れて現れた姿は………。