送り狼

真夏の太陽が、山の緑を青々と彩る。



昼を回り、太陽はすでに頭上遥か高くに来ていた。

私は、山から流れる冷たい川の水に足を浸しながら、

昨夜の不思議な出来事を思い返していた。


『お前が何者であるかを忘れるな』


銀狼はそう言った…。


あれから、無い頭をひねっていろいろ考えてみたが、皆目見当もつかない話しばかりだった。

それに、こうして 少し時間が経ってみると、そのこと事態が夢だったんじゃないかという気にさえなってくる。

私は、本当にそれが現実のものだったのかどうか確かめたくて、犬神の社近くの小川まで、足を延ばしていたのだった。


しかし、この小川のほとりに座り込んでどれぐらいの時間が経つのだろう…。

犬神の社は私のすぐ背後にあるというのに、中々足が向かない。


実際、社へ行ってみて何もなければ、それが一番良い。

夢を見ていたという事にした方が随分容易いし、それでこの件は一件落着だ。


ただ、もし……、


もし、本当に現実のものであったとしたら……??


得体の知れない、何か大変な事に巻き込まれている、という事実は間違いない事になってくる。

それをハッキリさせる事は、私の運命を変えて行く事になりそうな気がして、なかなか社に踏み込めずにいたのだ。


「あ~あ……。何やってんだろ…」


混沌とした自分の感情に耐えきれず、一人呟いた。


「どうしたの??」


ふいに頭上から声が降ってきた。

独り言に返答があった事にビックリして、声のする方を見上げる。

誰かが座り込んでいる私を覗き込んでいるが、逆光になっていて顔が見えない。

眩しすぎる太陽を手で遮ると、その姿がハッキリとした。


「こんにちは。こんな田舎に、君みたいな若い女の子は珍しいね!」


明るい声で、ニッコリと私に笑いかけたその人物は、 栗色のこぼれ落ちそうな大きな瞳を真っ直ぐこちらに向けていた。


その容貌はまだ幼さが残っていて、まるでよく出来たフランス人形のようだった。

自分と余りにかけ離れたその顔の造りに、私は思わず歓声をあげた。


「うっわあ~っ…。凄い美少女………」


私がそう言うと、その子は、茶色の大きな瞳を揺らせた。


「失礼なっ!僕は、男だよっ!!」


「えっ!?男の子!?」


頬に空気を目一杯詰め込んで、顔を膨らませているが、元々の造りにが良いだけに、その表情も、なんだか可愛い。

その姿はとてもじゃないけど、男の子にはみえない。

私の反応を見てなおさらムッツリ顔をする少年に慌てて謝った。


「ごめんね。あんまりにも可愛かったから、つい………」



「………………」




ーーーあ………。。もしかして、あたし、墓穴掘っちゃった??


少年は、墓穴を掘ってアタフタしている私を見て、フウッと短い溜息をついた。


「……。別にいいよ。よく間違われるのは事実だし」


そう言ってまた笑顔をつくった。



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