送り狼
記憶の欠片
「………おい……」
…誰?
「おい。起きろ」
誰かに揺すられて、意識を取り戻した。
気持ちの良い毛皮が頬を撫でる。
フサフサの襟巻きみたいだ。
「大丈夫か?」
私を気遣う優しい声がする。
うっすらと視界も取り戻した。
そこは……大きな木々が囲む、犬神の社…??
「急に倒れるから心配したぞ…」
心配そうに覗き込むその姿を見て、私は驚愕した。
「ええ…。ごめんなさい、眩暈がして……」
ーーー……あれ……?今、私、喋った??
私は目の前の人物に驚いてしまっていて…………。
……だって……、私の目の前には…
あの犬神、銀狼がいるからだ。
しかも…その眼差しは怖いくらいに優しい…。
私はどうやらこの銀狼の膝枕で眠っていたらしい。
銀狼は私の身体を起こし、そっと頬を撫でた。
「顔色が悪いな……」
「やはり……人であるお前のその身体では、
長時間ここに留まるのは無理があるようだな……」
いたわりの瞳で覗き込む銀狼は、
昨日の傍若無人な人物と同一だなんてとても思えない。
しかし、一体全体、何故このような状態になっているのか??
「もう、大丈夫よ、心配しないで……」
ーー…まただっ!!
さっきから、何かおかしいと思っていたら……
私の意思とは関係なく、『私』が言葉を発している……。
ーーどういう事??
頬に触れられる感覚も、視界もある。
私の意思だって、感情だって『ここ』にある。
だけど、何ひとつ自分の思い通りには動かない。
それはまるで、主人公に感情移入した映画を見せられているようだった。
「………まさか、お前が人柱になるとは……」
そう言う銀狼の表情は、怒りと、哀しみの色に塗りつぶされていて、見ているこちら側でさえ苦しくさせる。
そして、その激しい感情を隠そうともせず、魅惑的な切れ長の瞳に込めて、まっすぐな視線を私に向けてくる。
ーーー……銀狼が、『私』を見てる……。
彼のその表情は、昨日、私が出会った獣のような銀狼とはまるで違っていた。
激しい感情をその瞳に讃えていたとしても、大切な者を想う気持ちが溢れている。
元々、男性的な美しい顔をしているだけに、その美しさは神がかっていて、思わず見とれてしまう…。
「夏代子……」
銀狼は切ない悲鳴をあげ『夏代子』を抱き寄せた。
ぐったりとした『夏代子』は静かに瞳を閉じて、
そのか細い両腕を、震える彼の背中にそっとまわした。
それは、彼の心配を煽るような強さでしかなかったのは違いなかった。
頬を伝う生温い感触……。
それは『私』のものじゃない…
『夏代子』のものでもない………。
銀狼の涙だ………。