送り狼
「この犬神、銀狼様が……、まさか、人間の…
しかも、人柱の娘をこのように愛するようになるとは………」
「……最悪だ……」
そう言った銀狼の顔は、清々しい程、屈託のない笑顔だった。
「……随分長い間、一人だったような気がする。。。しかし、それを寂しいなどと思った事はなかった。。。だが……俺は、……もう一人には戻りたくない。。」
「……俺は、お前と共に生きよう…」
それを聞いた『夏代子』の顔は涙でグチャグチャに歪む。
「……ダメよっ!!
そんな事すると銀狼はっ……
…銀狼は神様でいられなくなるわっ!!」
それ以上何も言うな、と言うように、彼の人差し指が『夏代子』の唇にあてられた。
「……それで、いい……。俺が、そうしたいんだ……」
銀狼は、『夏代子』の頬を伝う涙を、その長い指で優しく拭い取った。
「約束だ。『夏代子』。お前の夫になるのは、この俺だ…」
『私』の鼓動が銀狼の発する言葉に反応して、どんどん早くなっていく。
「犬神としてではなく……、この『銀狼』が、お前の夫となる男だ!」
確信の込もったその声は、とても力強かった…。
『夏代子』の感情が私に、流れ込んでくる。
もう、それが、『私』の物なのか、『夏代子』の物なのか、区別がつかなくなりそうだった。
そのような激しい気持ちを経験した事のない『私』には、
とても複雑なその感情を、喜びというのか、哀しみというのか、
どちらのものなのか判別すら出来ない…。
ただ、なんとなく、これが『恋』という気持ちなんだろう、と思った。
二人は、間違いなく、恋をしていたんだ。
胸を締め付ける確かな感情がそれを証拠付けた。
「『夏代子』……。この銀狼の元に、嫁に来てくれるか……?」
耳心地のよい優しい声だ…。
「…………………」
『夏代子』は答えない。
私に流れ込んできた複雑な感情の、その正体こそ解らなかったが、
『夏代子』が嬉しい、と感じていた事には間違いなかったはずだ…。
なのに、『夏代子』は答えない………。
銀狼は、そんな『夏代子』の姿を見てフフッと笑った。
「では、次の満月の夜、ここで待っていよう…。
その時、お前は人柱でなくなり、俺は、神でなくなる…。
…約束だ……」
見つめ合うその瞳には、言葉など無くても、とうに答えは出ているように思えた。
「……銀狼……」
『夏代子』の瞳から沢山の雫がこぼれ落ちる。
「…なあに……。それまでに、気持ちを固めておけ。
お前と添い遂げるのはこの俺だ…。忘れるな…」
そう言って、銀狼は『夏代子』の頭を優しく撫でた。