送り狼
犬神の杜で……


「……犬神……。いるんでしょ?」


「…………」


社の主からの返事はない。


仕方がないので、暗闇にぽっかり蒼白く浮かぶ境内に腰掛けた。


「…ふうーっ……」


思わずため息が漏れる…。



なんとなく勢いでここまで来てしまったが、彼の不在に拍子抜けしてしまったのだ。


昼間は恐怖が先に立ってこの社まで来る事は出来なかったが、

あの体験を通した今となっては、不思議な事に銀狼に対する恐怖感はもう感じられなかった。


ただ………



それとは変わる、……恐怖と言うよりは、何か別の不安が私の心をくすぶっていた。



それは、時間が立つに連れ、あの時感じた感情が、『夏代子』の物なのか、

それとも、『真央』の物なのか、私の中でよく解らなくなって行くような錯覚を起こしていたからだ。


どういう表現が相応しいのか難しいが、例えるなら、2つの感情が溶け合って融合して……




………そして、やがて、今の自分自身が無くなってしまうような…………。




『……そんな訳ないか…』




自分の途方もない妄想に少し笑えて宙を見上げた。


この蒼白い空間は、今夜もとても静かだ…。


そう思った矢先、私の耳が何かを捉えた。



「……………………」


「???」


何処からか、人の声がしたような気が………。


「……………………」






やっぱりだ…。


境内の裏手から聞こえてくるようだ。


「銀狼??いるの??」


私は腰を上げて境内の裏手に廻ってみた。


すると、暗闇の中、蒼白く浮かび上がる社の隅に、

バスケットボールぐらいの黒く渦巻いている部分を見つけた。


『なんだろ??これ……』



その塊が、余りにもこの場所には不自然に思えたので目を凝らして覗いていると、

男とも女ともつかない、不気味な声が頭の中で響いた。





「…見つけた……。人柱だ……」










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