送り狼

ガラガラガラっ!


粗末な一軒家の戸が開く。


「幸太!皆をお願いね」


春の陽射しを連れて、あの娘が出て来た。



ここ数日、彼の暇つぶしはもっぱら、『人柱』観察だった。

表情がコロコロ変わるその娘は、

とても自然体で、

今まで彼の周りにはないものだった。


そんな娘を眺めていると、

長年この土地の自然の理を守り続けるが故

生まれた心の折が、

いつの間にか振り払われていくような

不思議な感覚を覚えていた。




何故、そのような気持ちになるのか?


その答えを彼はまだ知らない…。




粗末な家から出て来た娘は、犬神神社へと足を運ぶ。

娘はとても信心深いようで

毎朝、犬神神社でお参りをして、山へ入る。

彼も、そんな娘について、ここ数日犬神神社へと顔をだしているのだが…。

ここが、銀狼の住処であるにもかかわらず、

あれ以来、銀狼の姿を見る事はなかった。

銀狼と親しくなってから、こんな事は初めてだった。


「アイツは一体、何を拗ねているんだ」


彼は、眉間にしわを寄せ、首を傾げた。


本当は、娘を観察していく内に、
生まれくる今迄感じた事のない気持ちについて、

酒でも飲みながら銀狼と語り合いたいと思っていたのだが、

肝心の銀狼に会えずにいたのだ。


「つまらん奴め…。」


捨て台詞のようにそう呟いて、お参りを終え、山に入る娘の後を追った。




「♪みどり かおる けものみち

それは やまがみさまのとおりみち

ひとも けものも あやかしも

そこのけ そこのけ

やまがみさまのとおりみち〰♪」





陽気なメロディに合わせて、娘が歌う。

黙って聞いていると、曲も歌詞もデタラメだ。

大声で即興を披露し、

蛇よけの棒をブンブン振り回しながら

獣道を進む娘の姿は滑稽で仕方なかった。


こらえきれずつい笑い声が漏れる。



「……ぷっ!!なんだ?その歌は……」



その笑い声に、棒を振り回す娘の動きが止まった。


ーーしまった、気を抜きすぎたか?


一応、姿や声が届かないよう、術をかけてはいたが、この娘も『人柱』だ。

非凡な能力を持っているに違いなかったので、

静かにその身を、娘の背後の木陰へ隠した。


娘は、コチラを振り返っているようだった。


息を止め、木の葉の影からその様子を伺っていると、



「ニヤリ」


と、娘が笑ったような気がした。


「…!!」


驚きのあまり、彼の心臓の鼓動は、ドクドクっと加速する。


そんな彼の緊張を知ってか知らずか、娘は前へ向き直り、

また陽気な音に載せて歌いだした。




「♪わたしは∽ しってる∽

すうじつまえから∽

わたしをつけまわす∽

ふしぎなひと∽

だれだろな∽♪」





ーー………っ!!



彼の顔面は、火がついたかのように真っ赤になり



……そのまま、俯いてしまった……。




























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