送り狼
「……あなたは、きっと、名のある妖か、
どこぞかの高貴な神様ではないのかしら??」
「……………」
彼は、その質問には答えない。
娘は、そんな彼に、か細い笑いを向け、その先の言葉を紡ぐ。
「……鹿さん……。独り言だと思って貰っていいから聞いてくれるかしら??」
「……………………」
「……私ね……、大切な人が沢山いるの……」
「………………」
「みんな、……みんな、全てが大切すぎて、
人柱になる事が………
とても、……怖い………」
「……………」
「……でも、私しか、この役目は果たせないのよね………」
そう言って娘の浮かべた笑いは…
…深い影が刻まれているように思えた。
「…………」
娘はそれ以上の言葉を発さない……。
そんな娘に彼がポツリとつぶやく……。
「……人柱になるのは……嫌……か…??」
その言葉に、娘は瞳を伏せたまま儚い笑顔を浮かべ
ゆっくりとした口調で続きを語りだした。
「……そうね……。
素直な気持ちを言えるものなら……
人柱には…なりたく……ないかなっ」
「………どうして……??」
彼女の気持ちが理解できない彼の率直な問だ。
「……大切な人達と……まだ一緒に居たい……。
一緒に生きていたい…」
「……お前には、大切な人がいるのか…??」
「……えぇ…」
そう答えた娘の顔が、少しほころんだように見えた。
「…お前の大切な人とは、どんな人間だ……?」
娘に明るい笑顔が戻ってくる…。
「うふ…。沢山いるわよ。
少し身体は弱いけど、優しいお母さんと、
わんぱくだけど思いやりのある弟と…。
ふふ…、一番下の妹はまだ小さくて、私にくっついてまわるの…」
良かった…
いつもの娘の笑顔だ…。
彼は楽しそうに喋る娘に、うん、うん、とただ頷く。
「そして……沢山の優しさと、…愛をくれた、愛しい人…」
「………愛しい人…??」
繰り返し聞き返す彼に、優しく瞳を細め娘は答えた。
「……えぇ……。そう。大切な愛しい人…」