送り狼

「ぷっ………くくくっ。」



突然笑い出す私に戸惑う鳴人。



「えっ??何?何??」



その小動物のような動きが私の笑いをさらに増長させる。



「いや…綺麗な顔が随分汚れてるな、と……」



喉の奥で笑いを殺しながら、身体を起こす私を

キョトンとした瞳で眺めていた鳴人だが、

やがて、何で笑われているのかを悟ったようで

顔を真っ赤にしながらゴシゴシとこすりだした。



「もうっ!!自分はヨダレ垂れながら昼寝してたクセにっ!!信じられないっ!!」



プンプン顔の鳴人に言われ、ギョッとして急いで口元を拭う。



「よ、よだれなんか垂れてないもんっ…!!」



「垂れてたよ~だっ!鏡を見てごらんよ、頬に畳の痕までしっかり残ってるよっ!」



鳴人は、大きなまん丸の瞳を少しだけ細めて、

室内の鏡台を指さした。



私は、言われるまま転がるように鏡台に飛びつき自分の姿を確認してみる。





そこには、だらしのない髪の乱れた女が一人映っている。

そして、頬にはしっかり畳の痕が残っていた……。



「……くっ……!!ぷはっ…!!」



その滑稽な姿に、こらえきれず

私と鳴人は同時に腹を抱えて笑いだした。



「ほらね、僕の言った通りでしょ?」



「ほんとだ、何これ、子供みたい!」



ひとしきり二人で笑い合った後、

鳴人がホッとしたため息を漏らす。



「でも、元気そうで良かったよ。昨夜は特に何もなかったんでしょ??」



「……う…ん。大丈夫だったよ」



私は、昨晩の出来事を鳴人には言っていなかった。


犬神神社には近づかない方が良いと言う鳴人の言いつけを破ったどころか、

自分が人柱で、この世の者でない物から身を守るため、

犬神と『夫婦の契約』を結んでしまったなど、

こうやって心配して足を運んでくれた鳴人に

到底言える物ではない、と思ったからだ。



「真央ちゃん??」



嘘をつき慣れていない私の表情は何処か不審に映ったようで、

鳴人が問かける。


そんな鳴人の気持ちを察して、私は慌てて誤魔化した。



「大丈夫だって!昨晩は、一人で心細くて眠れなかっただけだし!
 
 心配して来てくれた上に、片付けまで手伝って貰っちゃって

 本当にありがとっ!」
 
 

「それならいいんだけど…」



鳴人は、釈然としないといった感じで、ヘラヘラと無意味に笑う私を

しかめっ面で眺めていた。




が、何かを思い出したように、急に声をあげた。






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