送り狼
彼のひんやりとした指が頬を撫でる。
「また…お前に会うことができたな」
そう言って、瞳を細めて見せた彼に、
不思議と邪悪さは感じなかった。
そんな彼に私の緊張は緩み、一番聞きたかった事を尋ねる…。
「あなたは…誰…??
どうして、あなたも私を夏代子と呼ぶの??」
まっすぐ私を見つめ返す彼の翠緑の瞳が
優しく揺れた。
「俺は…この社の主…、
そして、この土地一帯を統べる神…
山神だ……」
―――山神!?
心臓がドキリと跳ね上がる!
その名を聞いて、
いろんな事が頭の中で繋がっていく……。
以前、私は、この名を銀狼と…
そして…鳴人の口から聞いたことがある。
銀狼は、私を『山神の供物』だと言った。
それが本当だとすれば……
この人は私の最大の敵になるんじゃないのか…??
そして……鳴人……。
彼は、この神社の人間だと言った。
という事は……
考えたくないけれど……
鳴人は最初から私が人柱と解ってて近づいて来たのか…?
私は……
目の前のこの男に
食われるの……??
頭の中が真っ白になっていく…
「そう警戒せずとも今すぐお前をどうこうするつもりは無い」
「え?」
彼のその意外な言葉に顔を上げた。
「真央と言ったな?もう犬神とは出会ったのだろう?」
「あ……」
「その身体から奴の匂いがプンプンするからな」
そう言うと、彼はおもむろに
私の浴衣の襟元にその冷たい指を差し込んだ。
「やっ……!!」
銀狼に付けられた左胸の『印』が表わになる。
「くくく……やはり……
嫉妬深い奴らしい。
また俺に盗られるのが嫌なもんだから
もう自分の印をつけている。
こんな事をしても何の意味も成さぬというのに」
「は…離してっ!!」
彼から素早く身を離し、浴衣の襟元を押さえた。
「あなたも銀狼も……
一体何なのっ!?
あたしは……夏代子じゃないっ!!
あたしは……あたしは…!!」
一体何なのっ!?
どうして彼らは『夏代子』に拘るのっ!?
どうして私を振り回すのっ!?
得体の知れない恐怖や不安から感情が暴発する。
それに呼応して、瞳にじんわりと暖かい物が
込み上げてくる。
「解っている……。
お前は夏代子の血縁だろう??」
「……え……?」
山神のその一言に
私は次に発する言葉も忘れて
彼を見つめた。