送り狼

何を口にしたらいいのか解らない。

今、何を言っても彼の気に障る事だろう。

かと言って、具体的に何を謝ればいいのかも解らない。

それは、私にとって山神も銀狼も敵ではないし、

かといって味方でもないという思いが強いからだ。


違う角度から見れば、

二人が私を摩訶不思議な世界に引き込む張本人にも見える。


ただ今の私に言える事は…


『そんな気分にさせてごめんね』


という、なんとも感覚的な頼りない思いだけ。


「ねぇ…銀狼…」


それでも、この沈黙をどうにかしたくて、

彼の名を呼ぶ。


「俺に話かけるな…」


「………」


「…ごめんってば…」


「……」


「ねぇ……」


次の言葉を言いかけた時

銀狼の激しく燃える金色の瞳が私を捉えた。


「ガタンっ!!」



私の身体が床に叩きつけられ、

その衝撃で思わす固く瞳を瞑る。


打ち付けられた背中が痛い。


私の頬にフワリと柔らかい感触が走る。


おずおずと瞳を開くと

銀狼が私に覆いかぶさっていた。


頬を撫でるのは銀狼の絹糸のような美しい銀髪だった…。


「…銀狼…」


呟いた私を、

銀狼は怒りの表情なのか、

それとも悲しみの表情なのか、

どちらともつかない激しい瞳で私を睨んでいた。


「…お前は一体何に謝っている?」


痛い所をつかれて言葉を失う…。


「…まさか…山神の所へわざわざ自分から出向くとはな……。

 俺は何だっ!?道化かっ!?」


銀狼に掴まれた手首に力がこもって痛い。


「めかしこんだお前を見て、山神はさぞ満足だったろうよっ!」


彼の紡ぐ言葉が私の良心を傷つけていく…。


「お前も山神に会いたかったのだろう?
 
 だからわざわざ自分から出向いたのだろうっ!?」


そんなの……誤解だ……。


「なんとか言ってみたらどうなんだっ!?」


「……そ…んなの……知らない……」


「はっ!?何が知らないだっ!知らぬ存ぜぬが通用するとでも思っているのか!?

 お前はよっぽどの阿呆だなっ!!」


銀狼の表情が激しく歪んだ。


「こんなものっ!!!」


銀狼に綺麗に結い上げてもらった私の髪がパサりと落ちた。


今宵の私にあでやかな魔法をかけていた、可愛らしい簪が

「ガシャンっ!!」

と、音をたて壁際に投げ捨てられたのだ。



『今のお前に本当に良く似合う』


そう言って、銀狼が挿してくれたものだった…。



目頭が熱くなる…。


もう、止まらない…。







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