送り狼
恋とは、自覚した時からがスタートだ…。
どうやら、私は今、そのスタートを切ったらしい。
「真央。俺の懐に手を入れてみろ」
ギョっとする。
「な、何言ってんの!?」
「いいから」
銀狼の眼差しが優しい。
優しすぎて…
私は言われた通り、銀狼の襟元へ手を差し込んだ。
「シャリン…」
涼やかな音が二人の間に響く…
「…少し壊れていたので、修理しておいた。
やはり、それは…お前に持っていて欲しい」
私の手の中で、
銀狼が、
『今のお前に良く似合う』
と言ってくれた、可愛らしい花の咲いた簪が風に揺られている…
私はそれが嬉しすぎて…
その事が、本当に嬉しくて…
そんな気持ちを隠そうともせず、銀狼の瞳を見返した…
「ダメか…?」
銀狼の問いかけに私は黙って首を左右に振る。
そして、改めて金色の瞳を真っ直ぐ見返す。
「この簪が似合う子なんて、あたし以外にいないでしょ?」
銀狼は驚いたように切れ長の瞳を少しだけ見開いて
…また優しく瞳を細めた。
「そうだな…。お前の言う通りだ」
私との距離を近づける銀狼に
静かに瞳を閉じた。
月明かりが重なり合う二人の影を雲海に映し出す。
私の、生まれたばかりの淡い恋心は
この幻想的な世界と同じなのかもしれない。
それが、現実なのか、夢なのか
区別のつかないうつつの世界でゆらゆらと揺れている。
まだ、答えなんて出せないのだけれど
私の中で何をするべきかが、はっきりとした。
私は……
もう逃げない…
これから突きつけられる真実が
例え受け入れがたい事だとしても…
例え、銀狼の心が私に無いのだとしても…
私は『今』を生きている。
その『今』を、大切に、大切に育む事こそが
紡いで行く事こそが
私の出来る事のような気がした。
そんな不確かで、強く儚い私の思いを
月だけが優しく見守っていた。