送り狼
人柱を占う神事は困難を極めていた。
「何者かが邪魔をしている!不吉だ!!」
皆が口々にそう叫ぶ。
人柱の姿を映し出すとされる、水面鏡には
怪しげな黒い影が蠢くばかりで、その姿は映し出されない。
その様子を黙って見ていた栞に不安がよぎる。
普段、その心に『感情』を感じる事のない栞だが
こと、山神に関しては違う。
例え、その表情は能面のようであっても
山神のそばに居ると、心はいつも揺れるような想いを感じるのだ。
栞は不安を掻き消すかのように立ち上がり、騒めく一族に当主の威厳を見せつける。
「黙れっ!!騒ぐなっ!」
栞に皆の視線が集まる。
「雑念を捨て、念を込めよっ!」
栞は自らの白い指で印を組む。
栞の身体からは煙のような白い靄が立ち上り、
水面鏡はそれに答えるかのように、その水面を徐々に透き通らせていく。
「当主様っ!」
当主の力を見せつけられた一族達も、栞に続き続々と印を組む。
「もっと念を込めよ!!もっと…もっとだっ!!」
栞は心の中で叫ぶっ!!
『…選ばれるのは………私だっ!!』
「おぉぉぉっ…!!見えて来たぞっ!!」
皆の騒めきが聞こえる。
ありったけの念を濯いだ栞は、肩で苦しそうに息をしている。
「……なんだ?これは…一体どういう事だ…?」
騒めきが、どよめきに変わった。
不安が栞を駆り立てる!
「…そこをのけっ!!」
よたつく足取りで、人々を掻き分け水面鏡へと一直線に進む。
辺りが静寂に包まれていく。
なんだ?皆が私を見ている?
そんな筈はない。
栞は水面鏡の淵に手をかけ中を覗き込んだ。
『そんな筈はないんだっ!!』
「……………」
「…は…はは…、な…んだ…?…これは……」
淵に掛ける手が小刻みに震える…。
「何なんだっ!!これはっ!?」
水面鏡に映るその姿を消そうとするかのように水面を激しく打ち付ける。
そんな当主の姿は一族の目に痛々しく映った。
人目もはばからず涙が幾筋もこぼれ落ちる…。
そこに映るのは、私だった。
山神様の真名を、山神様の全てを手に入れるのは私だった。
なのに何故??
どうして…??
水面鏡が映し出すのは、見知らぬ娘……
全ての力を使い果たした栞の意識は遠のいていく……
『山神様……』