どこからどこまで
「あらやだ。翔ちゃんたらお上手ね~」


 満更でもないように母は笑っていた。

 こういうところを見てしまうと母も年をとったんだなあ、と妙に実感してしまう。

 薫はあたしの顔を見てニヤニヤと笑っている。"なに?"と口の動きだけで伝えると肩をすくめた。

 どんな反応をしたらいいのかわからないあたしは、とりあえず隣にいるほめ上手の腕を肘でつつく。顔を見上げれば余裕の微笑が返ってきた。口の動きだけで"ほんとだよ"と。

 うそつけ。

 内心毒づく。

 上機嫌な母は続けた。


「時間があるときはご飯もいっしょに食べてるんだっけ?でもつくるのはもちろん翔ちゃんでしょう?大変じゃない?」


 "もちろん"が強調されていたことには気づかないふりをしておこう。


「1人分つくるのも2人分つくるのも大して変わんないですよ。寧ろ1人分だけつくることの方がおっくうで」

「それはわかるな~。でもほんとえらいわね~、ちゃんと自炊してて。お姉ちゃんも翔ちゃんに頼ってばっかいないで見習いなさーい?」

「お…っ、ご、ご飯のお礼に洗いものとかしてるもん!」


 慌てて、思わず言い返してしまう。ホットケーキを完食した薫はそんなあたしの反応を見て笑っている。

 母にも薫にも、翔ちゃんとのことは事細かくは話していない。あたしが毎朝翔ちゃんを起こしていることだったり、時間があるときどころかほぼ毎日ご飯をご馳走になっていることだったりは全く話していない。

 翔ちゃんもそのへんはわかってくれているのか異論をとなえることはない。"本当に~?"と疑う母に"ほんとですよ"と応えてくれた。ありがたい。


「翔ちゃんに彼女ができたらいっしょにご飯、なんて言ってられないんだから、しっかりしなさいよ~」

「う…」

「え、翔ちゃん彼女いないんだっけ?」


 言葉に詰まる。痛いところをつかれた。薫の質問も含めて。


「いないよ」


 即答だった。


「って言っても翔ちゃん、モテるでしょ~?さなのせいで彼女つくれないんじゃないかなって思って」

「いや、モテもしないし、つくる気もないだけで。沙苗は何も悪くないですよ」


 高校生の頃に訊いたときと、さほど変わらない応え。どこか安心している自分に胸が騒いだ。


「そーお?だったらいっそのこと、翔ちゃんがさなのこともらってくれたら、叔母ちゃん嬉しいな~」
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