どこからどこまで
 胸が騒ぐどころか今の母のセリフで一気に肝が冷えた。


「は!?」

「もらうって嫁に?」


 薫が平然と返す。

 以前の"新婚さんみたい"発言を反省したこともあって、そういった話題には触れてほしくないというのに。


「やだ、かおちゃん。決まってるじゃな~い。だってそうなったら翔ちゃんが義理とはいえ息子になるんだもん、嬉しいでしょう?」

「じゃあ俺からしたら翔ちゃんが義理の兄になるのか。いいね、それ」


 いいね、じゃないでしょ!

 いや、翔ちゃんが嫌というわけではなくこの話の流れはよくないという意味で。まさか薫がこんな話題に悪のりするとは思わなかったのだ。

 薫にアイコンタクトを送るが気づく様子はない。


「ごっ、ごめんね、翔ちゃん。この親子ってば勝手なことを…。2人とも!翔ちゃんに失礼でしょうが!やめてよね!」


 "嫁にもらうもなにも、いとこ同士なんだから"とは言えなかった……いや、言わなかった、の方が正しいのかもしれない。そもそもいとこ同士での結婚が許させるのかどうかさえ、あたしは知らない。

 恐る恐る翔ちゃんの顔を覗きこむ。先ほどから反応がないのが不安だ。


「…翔ちゃん?」


 腕を揺する。顔が強張っていたのだ。意識はたぶん、ここにはない。

 腕を揺すられたことでハッとしたのか、慌てたように下手くそな愛想笑いを浮かべている。


「…よしてくださいよ、からかうのは。さなが困ってる」

「だって面白いんだも~ん。ねぇ、かおちゃん」

「ま、沙苗ちゃんは我が家のリアクション王だからね」

「もー……」

「ほんとみんな、さなからかうのすきだよね」


 先ほどの強張った表情が嘘だったかのように翔ちゃんはあたしに笑いかけてきた。

 見間違い…なわけないよなぁ……。

 その後、特に変わりなく振る舞う翔ちゃんを見て、あたしは内心首を傾げていた。

 翔ちゃんにとって、やっぱりあたしはそういう対象じゃないんだろうな。

 顔にでていたのは、つまりそういうことなんだろう。母も薫も気にしている様子はなかった。おそらく翔ちゃんの表情の変化に気づいていたのはあたしだけだ。

 嫌われているわけではないことは、わかる。現に翔ちゃんはあたしに甘いし、優しい。だからこそ、兄妹のような翔ちゃんとあたしの仲を、あんな風にからかわれるのが嫌なんだろう。

 そんな風に考えることで、勝手に納得した。
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