どこからどこまで
 何を言ったところで口では勝てない、と負けを認めてあたしはとうとう黙り込んだ。

 くだらない言い合いをしているうちに車はぐんぐん進んでいっていた。深夜というだけあって道路はかなり空いている。

 黙りこんだあたしを気遣ってくれたのか、信号待ちの間に翔ちゃんの手があたしの頭にのびてきた。

 もういいよ、怒ってないよ。

 そんな意味をこめて手の方へ頭を傾ける。

 視線をやれば眠たげな顔と目があった。


「CD、さなのすきなのかけていいよ。助手席の前の収納に入ってるから」

「えーっと…ここかな」

「そう」

「でもこの曲すきだから、このままでいいや」

「そっか」


 信号が青になった。

 軽自動車だからなのか、走り出しはスピードがあまりでない。3人乗せているせいなのか、苦しそうな音がした。

 ある外車を思わせるレトロな外観をもったこの軽自動車、中は広いとは言えないがあたしはなかなかすきだ。春休みに一度だけ乗せてもらって、それ以来。


「翔ちゃんも、すきなの?」

「えっ?」

「この曲」

「……ああ、うん」


 このまま心地よい音だけに耳をあずけていたら寝てしまいそうな気がして、ふと思ったことを口にした。

 何やら翔ちゃんは慌てた様子で応えていた。運転に集中していたいのだろうか。

 話しかけない方が、よかったかな…。

 しかしそんな心配をよそに薫が話に入ってきた。


「沙苗ちゃん、ほんとその人の曲すきだよね」

「薫だってあたしの影響でアルバム買ってきたくせに」

「アルバムっていつでたやつ?」

「一番最近のやつ。よかったら貸すよ、翔ちゃん」

「いや、自分で買うかな。ありがと」

「そ?」


 そういえば翔ちゃんとは、どのバンドがすきだとか、このアーティストがすきだとか、そういう類の話は恋愛の話と同じくらいにしたことがなかった。

 そういった会話が必要ないくらい、もっと言ってしまえば会話がなくても落ち着ける関係ってことなんだろうけど。

 CDのトラックナンバーが変わった。それが合図だったかのように欠伸がでる。別にカップリングの曲が嫌いなわけではないのだが。

 口をおさえるあたしに薫がすかさず声をかけてくる。
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