シークレット・ガーデン
 

「それで、お前はどこに行くつもりだ?」

 ローレルの主張にて勘定は折半しレストランを出ると、街はすっかり日が暮れていた。
 次は宿を探さなくてはならない。
 昼間妙な騒ぎに巻き込まれていなければ、隣町くらいに移動しているはずだったんだけど? と騒ぎの原因その一である青年をローレルは黙って見上げた。
 当然のように後についてくる男を。

「こんな時間じゃ次の町に移動も出来ないし、教会にでも行って軒下借りるよ。女の子一人なら断られもしないだろうし」

 だからテメエはついてくるんじゃねぇ、と言外に匂わせてローレルは教会へと足を向ける。
 言ったにも関わらず、まだついてくる足音に額に青筋を立てながら。

「ひとつ提案があるのだが」
「なにさ」

 こうやって相手をするから付きまとうのだとわかっているが、元来ツッコミ気質であるローレルとこのすっとぼけた他称魔王は相性が悪い。
 逆を言えばとても相性がいい。
 長年のコンビを組んだ相方のように、青年とローレルの会話は、投げて打って取って投げて打つリズムが半端なく合っていた。
 故に、洗練された様子の貴族の青年と垢抜けない町の少女という少々疑問を生じる二人が並んで歩いていても、すれ違う人々にさほど違和感を持たれずにいたのだ。

 ローレルとしては、無視しても無視しても無視しても、おそらく何の痛痒も感じずに延々と話しかけてくるだろう青年が予想できたから、惰性で相づちを打っていたのだが。

『ウゼエ』と心の声を駄々漏れにしたローレルの眼差しに向かって、青年は何も知らない者から見れば蕩けるような、知る者からは胡散臭さ爆裂の笑みを浮かべる。

「――俺が宿代を都合してやろう。その代わり、共に行動することを認めろ」
「だから何なんだアンタのその上から目線!」

 反射的にツッコんでから、ぶるぶるとローレルは頭を振った。

「厄介ごとがてんこ盛りの野郎と旅する趣味はないよ! あたしはまだまだ命が惜しいっての!」

 街中で他人の迷惑を省みず魔法合戦を繰り広げるような輩と、誰がお手手繋いでピクニックしたいものか。
 青年はローレルの主張に、わざとらしく顎に手をあてるポーズで『ふむ』と頷く。

「俺と一緒にいる限り、お前は守ると言ったはずだが。損益の理屈で言うならば、俺といた方が益が多いぞ」
「いやいやいや損の方が大重要項目だし。あたしは自分の命が何より大事です」

 ローレルの言葉にかまわず、青年は指を折る。
「まずひとつ目は」
「聞けよ人のはなし」
 コイツと一緒にいることで蓄積される精神疲労も損に加えた方がいいかも、とぐったりしながらツッコむ。

 ――成人年齢に達しているとはいえ、年若い娘であるローレルが一人旅をすることは好ましくない。
 もし治安の悪い場所にでも行けば、荒れてはいるがそれなりに美目は悪くない彼女はよい標的だ。
 自分がいればある程度の後ろ楯を与えることができる。
 道中の安全は言わずもがな。
 ローレルがどこを目指しているのかは知らないが、身代の保証がなければ通ることができない国もある。
 いろいろと異議申し立てたい内容だったが、ローレルはずっしりと重い荷物が乗ったような肩を叩きつつ拝聴する。
 無視しても(以下同文)だからだ。

「宿に止まれば食事代も俺持ち」

 ぴくりとローレルの眉が反応する。

「育ちが良いので泊まる宿はそれなりの格があるところ」

 風呂は必須だなぁ、と付け加えられた言葉に(そういえばどこかで石鹸を手に入れなければなぁ)とうっかり考えて、首を振る。

「ああもちろん部屋は別にしてやるぞ? そういう意味でお前を見ることは頑張っても出来なさそうなので、身の心配をすることもない」

(こっちだってお前のような残念無念美形はお断りだ……!)

 ツッコんだら負けツッコんだら負け、と呪いのように呟きながら、ローレルは主に金銭面で突いてくる並べられた益の内容に、必死に目を逸らす。

「――こっちにとっての益は聞いたけど。そうしてアンタに何の益があるわけ」
 ローレルが一番不審だと思っていたことを、言葉の切れ間にそう訊ねると、青年はケロリと答えた。

「退屈しなさそうだから」
「あたしは暇つぶし要員かっ!」

 突っぱねようとしたローレルに、青年が「まあ、別に無理にとは言わないが」といきなり方向転換するような呟きを漏らす。
 ならそうしてくれ、と安堵する間もなく――

「一緒にいなくとも観察は続けられる」
「…………………」

 極めて普通に告げられたストーク宣言に、ローレルは、

 折れた。


(疫病神があああああっっ!)


 
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