シークレット・ガーデン
・庭師の娘(2)
これからのことを考え込んでいたため、ローレルの注意力は低下していたらしい。
「うひゃ!?」
突然巻き起こった突風に、膝に置いていた地図がさらわれた。
「あたしの五百レラっ!」
愕然と叫んだローレルは慌てて後を追う。
しつこいようだが買ったばかりの観光マップ。
もう少し格安なものがあったにもかかわらず、利便さを取り、奮発して五百レラで購入したものなのだ。
ちなみに五百レラはレストランでちょっと贅沢なランチを頂ける金額。先ほど食べたサンドイッチが百レラ以下だったことを考えると、必死になって追いかける意味が分かるだろう。
渦巻くような風にくるくると地図は舞い――公園の噴水近くにいたひとりの青年に、勢いのまま張り付いた。
ホッとしてごめんなさい、と声をかけながらローレルは青年に駆け寄る。
「ありがとうございま……す」
質の良い黒いコート姿の青年は、身に張り付いた地図を剥がし、ちらりとローレルに目を向けたあと、見る価値もなかったとばかりに無造作に彼女のほうへ地図を放った。
ローレルの礼も耳にする必要無し、とばかりに背を向けて。
凍てつくようなブルーの瞳に、ローレルはこわこわ、と呟きつつ地図を丁寧に畳み直し、青年をこっそり観察した。
目に写るものに何の興味もないといった彼の雰囲気は、ローレルの知る人物に似ていた。
――あちらが何も芽生えない枯れ野原だとしたら、さしずめこの青年の庭は、生き物が消えた雪原。
……まあ、どちらも自分には関係のないことだけど。
ひとり心の中で呟いて荷物を抱え直し、青年とは違う方向へ歩きだそうとした、そのローレルの前に外套のフードを被った人影が立ち塞がった。
ギョッと足を止めた彼女は、いつの間にか周りを取り囲んでいた人々に気付き、目を瞬く。
揃いの黒いローブに印された魔道ギルドの印章。手に持つのは魔術杖。
少し距離を開け、円を描くように立つ彼らが魔道士だというのは、初めてそういった属を見るローレルにも分かった。
彼らの視線の中心にいるのは――氷刃の気配を纏う、青年。
魔道士の一人が杖をかざし、厳しい声を発する。
「――魔道王、覚悟……!」