シークレット・ガーデン
・魔道の王(1)
うららかな春の昼下がり。
いくつかの街道が交差するこの街は、治安も良く歩道も整備され、中央ほどにある公園は、街の人々や観光客が憩いの場とするだけあって、よく手入れのされた木々や花々が心を和ませていた。
ローレルもそのひとりであって、売店で買ったサンドイッチを食していただけで、次の目的地へ向かうまでの休憩所にしていただけなのだ。
――断じて、こんな揉め事に巻き込まれるために居たわけではない。
「懲りぬ者共だな……」
黒髪の青年の凍てつく青い瞳は感情を見せず、自身を取り囲むよう配置された魔道士達を眺め渡した。
ローレルは、この陽気に暑苦しい人たち、と場違いの感想を胸に秘めつつ、周りに湧いた黒ローブ集団を窺う。
統制された動きで、杖を青年に向けた魔道士の一人が宣告する。
「乱世ならいざ知らず、平世に貴方の存在は危険過ぎる! 我等と共に来て頂くぞ!!」
初めて青年の表情が僅かに動く。目を細めて、唇を微笑みの形に――
「出来るものならやってみるが良い」
明らかな嘲笑。
それを合図のように、全てが始まった。
ローレルの、あたし全く全然サッパリ関係ないんですけど!? という心の叫びは、当然ながら聞き届けられることはなく。
「っうッきゃあああぁぁッ!!」
魔道士が投げた雷撃を、身に届く前に青年は腕の一振りで弾く。
途切れぬよう呪を唱え、杖を複雑な図形を描くように振る魔道士達とは反対に、青年は眼差しひとつ、軽く腕を振る仕草のみで自らに投げられる術を弾き、打ち消し、あるいは投げ返し、舞を踊るようにコートの裾を翻した。
「ぎゃああっ! うひゃあ! にょわあ!」
彼女を全く気にも留めず繰り広げられる魔術合戦に、ローレルは流れ弾に当たりそうになるたび悲鳴を上げ、逃げ惑う。
(何なんだよコレは――!! 明らかにあんた達、違う庭の人達でしょお! あたしを巻き込むなぁああッッ!!)
叫ぶのと、逃げるのに忙しいローレルに余裕があれば、青年が普通ではないことにすぐ気付いただろう。
青年と魔道士達の間には、大人と子供以上の差があった。
さながら、神と人とのように。
「ふぎゃあっ!」
足を滑らせスッ転んだローレルは既にズタボロだった。
何の手入れをしなくてもサラサラだった短い金の髪はところどころ焼け焦げ、服は泥で汚れ、あちこちに擦り傷。
間近で起こった爆風にあおられ身体が転がる。
もう死ぬ、やっと自由になったのに……、と自棄っぱちの笑みを浮かべたローレルは、逃げることを諦めた。
――だが。
地に倒れ伏した彼女の目に、千切れ飛んだ花の残骸が写る。
ふと、頭を持ち上げ首を巡らすと、彼らが起こした魔術という暴力に、傷付いた公園の姿があった。
割れたタイル。
えぐられた芝生。
炎に包まれた低木。
折れ裂けた樹木。
踏みにじられた花々。
………その光景を見た瞬間、ローレルの中で何かが切れる音がした。
術力を使い果たした魔道士達が次々に膝を折るなか、青年は息を切らすことすらなく淡々と集中を失った彼らを行動不能にしていく。
畏怖と憎悪に彩られた複数の瞳に射抜かれようと、人形のように眉ひとつ動かさず。
「くっ……、この、魔王め…!」
「――つまらんな……退屈しのぎにもならんとは」
ゆっくりとした足取りで倒れた魔道士へと近付く青年は、煩わしい虫を見るような瞳で彼らを見下ろし、手をかざした。
「――消え失せろ」
そして。
文字通り、頭から水をかけられた。