シークレット・ガーデン
・魔道の王(2)
横合いからぶちまけられた水流に、青年は頭から滴を落とし、目を瞬いた。
「……この、ドアホウ共が……っ」
地を這うような少女の声が、静まりかえった戦場に響く。
ずぶ濡れになった青年は、たった今、目が醒めたように瞳に光を浮かべ、ゆっくりと振り返った。
氷青色の瞳が、眩しいような若葉色の瞳にぶつかる。
彼の目に写ったのは、噴水の装飾によじ登り仁王立ちする、若い少女。
噴水口を手で塞ぎ、水をぶちまけたため自身もずぶ濡れになっていたが、ローレルはおかまいなしに手に持った移植ごてを振りかざし堂々宣告した。
「健やかに伸びる木々を、可憐に咲き誇る花々をなんと心得るッ!
公園は戦争する所じゃないんだよ!!
全世界の庭師に代わり、このローレルが成敗してくれるわッ!!!!」
とうっ、と何処かの国の戦隊メンバーのような掛け声を出して台から身軽に飛び下り、水を蹴散らし駆け出した先は、青年のもと。
そして、彼女の登場に青年が気を取られている隙に、倒れ伏していた魔道士が最後の気力を振り絞って呪を紡いでいた。
あちこちで呼応するように光が瞬き――、一瞬後に、彼らは全て姿を消していた。
濡れて額に張り付く黒髪をかきあげながら、青年は呆れた呟きを漏らす。
「……小娘にすら背を向けるか。つくづく情けない奴らだな……」
「逃ィがァすゥかアァっ!!」
ドベタリ、背中に何かが張り付き、青年はよろめいた。
ジャンプで彼に飛びかかったローレルが、青年の首にかじりつき、叫ぶ。
「公園破壊の現行犯で警吏につきだしてやるうぅぅッ!」
イっちゃった眼をして耳元できいきいとわめく小娘にうんざりした顔を隠さず、青年は疲れたような溜め息をつく。
「……元に戻せばいいのか?」
ほえ、と青年の言葉に眉を寄せたローレルは、彼がその瞳を周囲に渡らせ、手を横なぎに振った瞬間――世界が動くのを感じた。
目に映る光景が逆回しになる。
割れたタイルが宙に浮き、木端になった欠片が寄り集まり元の形を取り戻すと、パズルのピースがはまるように整然と地に伏せた。
えぐられた芝生は土が自ら身を起こしたようになだらかになると、色を変え緑が萌える。
炎に包まれた低木は、折れ裂けた樹木は、踏みにじられた花々は、垂れた頭を持ち上げ、傷ついた身を震わせたかと思うと、元の瑞々しさを取り戻す。
「……なんじゃコリャ」
今目の前で起こった現象が理解出来ず、間抜けな呟きを落としたローレルを青年が自分の背中から剥がした。
「これで良いか?」
猫の仔のように、服の襟元を掴まれ青年の目の高さにぶら下げられたローレルの翠の瞳と、感情の見えない青い瞳が交差する。
むっ、と唇をヘの字に曲げたローレルはベシリと青年の手を振り払い、地に足をつけると、クルリと彼に向き直った。
戦闘がまるで無かったかのように元の姿を取り戻した公園。
割れたタイルも窪んだ地面も、燃え、折れた樹木や踏みにじられた花々さえ、何事もなかったかのように春の風に揺れている。
いくら魔術に疎いローレルでも、このやたら美形で偉そうな青年がした事が、有り得ない技だと分かる。
失ったものは戻らない。
それが世界の理だ。
この場合、壊れたものを直した訳だからそれに当てはまらないのかも知れないが、この男は呪も魔道に必要な術の手順も踏まず、ただ意思の力だけでそれを成した様に見える。
一体、何者―――?