シークレット・ガーデン

・娘と青年(2)

 
 ――ローレル、
 お前が出会う、全てのものが、
 庭を育てる糧になるんだよ――


 ……なんて言ってたけどさ、養父さん。

「つくづく可笑しい娘だな。手を噛まれたのは初めてだ」

 こんな出会いは要らないと思うのよ!

 ジッと歯形の付いた手を見つめ、自分の後をついてくる青年にローレルはぞんざいに答えた。

「そりゃ初体験オメデトウ! あんたがいつまでもあたしの口塞いでるからでしょーが」

 っていうか、と彼女は勢いよく後ろを振り向き、しっしっとばかりに手を振る。

「もう警吏に突き出すのは諦めたからとっととどっかに行っちゃいなさいよ」

 すっかり態度の悪くなった少女を見下ろして青年は微かに笑った。

「……お前は何処へ行くんだ、ローレル?」
「気安く呼ぶな不審人物!!」

 切れていたのであまり覚えていないが、あのゴタゴタで彼女が名乗った名前をしっかり記憶してしまったらしい青年は、やたらと馴れ馴れしく彼女の名を連呼する。
 うっかり名を明かした自分も腹立たしい。

 噛み付くように言い返すローレルを楽しそうに見下ろすと、さも親切そうな顔をして、彼は言った。

「若い娘の一人歩きは危険だぞ?」

 常識のない男に当たり前の常識的なことを諭され、ローレルは一体全体何だって自分はこんな目にあっているんだと何かを恨みたくなった。
 お金の節約を考えて行けるところまで徒歩で目的地へ行こうと考えたローレルだったが、こんな余計なオマケを引き連れて行こうと思っていたわけではないのだ。

「アンタと一緒のほうが危ないのよ! てゆうか、あの暑くるローブ集団と揉めてるんでしょっ? ストーカー付きのストーカーなんてお断りだからッ!」
「あれのことは気にするな、何ほどのものでもない」

 一人で血圧を上げているローレルを涼しい顔で見下ろして、あくまでも傲慢に、いっそ清々しいほどにキッパリと青年は告げた。

「また来るだろうが、お前を守ることなど楽勝だ」
「………」

 アンタが一緒じゃなきゃアレはあたしに何の関わりもないのよ、って言っても聞いてないのよね……。
 そう肩を落とすローレルに、続けて青年が口を開く。

「ああ、ローレル」
「な・に・よッ!」

「――俺はケイオス。
 お前に、この名を呼ぶことを許そう」

 初対面のあの無関心は一体なんだったんだ、人格交代? と思うくらい、彼は何故か幸せそうに笑って、ローレルに自身の名を与えた。

 一瞬、ウカツにもその笑顔に瞳を奪われたローレルは、ハッと我に返ったあと、森に怒号を響かせる。

「……っだからアンタは何様だ――ッッ!!」

 
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