シークレット・ガーデン
・密やかに
「……魔王め」
苦々しげな、嫌悪の中にも畏怖が混じった呟きが部屋に落ちた。
魔道ギルドの支部。
奥まった部屋で、今日の作戦に加わった全ての者が疲労し、負傷を引きずり、粉々になった自信を再構築することも出来ずただ黙り込んでいる。
彼らが魔王と称した青年から隙を突いて撤退した。
争いに割り込んできた恐れ知らずの娘がいなければ、おそらく全員、宣言通りに消されていた。
既にあの時、抵抗する力もなかった。
ただ、事前に仕込んでいた転移魔道を起動させるのが精一杯で。
分かっていたはずの力量、天賦の差にうちひしがれ、項垂れた仲間達を見回す。
長老たちの言っていた事は正しい。
彼の者には自分達が何人束になろうが敗北しか得られない。
力量の違いどころか、あれは自分達とは――否、人とは違う存在だと思い知った。
呪もなしに魔道を扱う?
意を込めた視線ひとつで魔道が発現する?
我々の会得した魔道とは違う、業。
万物を成す全てのものが、あの男に無条件で従い平伏すのをこの目で見た。
その力の方向が善に定まったものならば、神使(みつかい)とも呼ばれたかもしれない。
――しかし彼は違う。
自らの気の赴くまま、世界の秩序も法則も天秤も無視し、独善的にしか動かない。
だから、『魔王』。
勝てるはずもない。
だからといってこのまま悄然と引き下がるのは、彼等の矜持が許さない。
魔力に優れ、魔道に秀で、その心の奥底に凡人とは違うという選ばれた者としての思いが―――、
ただ“そう”として生まれただけの、自らの稀なる力にも、恵まれた立場にも執着せず、怠惰に時を流しているあの存在が許せなかった。
ギルドの威信にかけて、彼を野放しには出来ない。
――あのような存在を、枷もなしに放置しておくわけにはいかない。
我々のもとで、管理され、置かれるべきなのだ。
「――魔道王といえど、器は人に代わりない。隙を作り、そこを突けば」
「我々のほうが数では勝る。彼の手の内も読めた」
「次こそは――」
「《目》は付けてある。まだこの地を出てはいない。自国に逃げ込まれる前に、何としてでも……」
陰鬱な声が部屋を廻った。
暗い思いがただひとつの目的に絡み付き固執する。
次なる手を打つべく、彼等は再び動き始めた―――。