恋愛ターミナル

その沈黙の時間を破ったのは、晃平さんの手。

手首は変わらず握られたまま。もう一方の手の甲で、私の頬にそっと触れた。
ピクッと反応した私は、その温かさに思わず涙腺が壊れてしまう。

初めは一粒の涙。
それが、二粒、三粒と、どんどんととめどなく溢れだす。

私の数年分の想いが、自分の頬だけじゃなく、晃平さんの手をも濡らしていた。


「……うっ……うぅ」
「よく、頑張ったね」


晃平さんの手が頬から離れ、背中を優しく上下する。

沁みわたる温かい声と体温。
子供のように嗚咽しながら肩を上げ、私は初めて泣いた。


「――わ、たし……笑えて……ました、か……?」
「うん。ちゃんと、笑ってたよ」
「だ……誰も、傷つけ……て、ない……?」
「うん。でも亜美ちゃんがボロボロだ」
「う、ふえぇぇぇー……」


お世辞にも美しいとは言えない泣き顔。
結婚式のための濃いアイメイクは涙で崩れ、鼻水を時折ティッシュでかんだ鼻は真っ赤。
そんな私を笑うことなく、真面目に話を聞いて、ずっと背中をさすってくれていた。

どれくらいそうしていたんだろう。

さすがに溜まっていた涙も枯れはじめ、水分が不足してきたのか喉がカラカラ。
それを察してか、晃平さんがグラスにいっぱい入った水を私の前に差し出した。


「……ありがと」


それをさっと手にすると、くるっと椅子を回転させて、左隣に座る晃平さんに背を向けた。
グラスに口をつけ、喉を流れる冷たい水が心もすっきりとさせる。

いまさら恥ずかしがるのも無駄な気がするけど。けど、この顔はきっとひどいはず。
まぶたもなんだか重く感じるし、鼻はひりひりするし。

急に湧いた乙女ゴコロで背を向けられた晃平さんは、その理由がわかったみたいでくすくすと笑って言う。





< 9 / 170 >

この作品をシェア

pagetop