お嬢様の事情その1

白松家

白松綾美。彼女は小さな頃から何も喋らない子供だった。

いつもどこか人と壁を作るような印象で、凍り付いたような表情が人を萎縮させる。

彼女の父は玩具メーカーの社長であったが、子供の夢を作るような家庭とは言い難かった。

父は家にほとんど帰らず、綾美はまだ数える程しか言葉をかわした事がない。

仕事で忙しいのか、他に何かあるのか


そんな父を見て綾美は冷淡な視線を送っていた。

また、母親もどこへ行っているのかほとんど家にいる事はなく綾美と会うのは夕食の時だけだった。

ただ唯一、綾美が好いていたのが乳母だった。彼女は戸館早希という名で生まれた時から一緒だった。

本を読んでもらい、洋服を選んでもらい、好きな男の子の話までもした。

しかしある時になって彼女は家からいなくなった。

事件が起こったのはクローゼットルーム。オーダーで作ったドレスが無くなった。次はダイヤモンドのリング。次から次へと物がなくなる。

綾美の父も母も使用人を疑い、乳母の戸館まで疑われた。

綾美は戸館ではないと思っていたが、結局彼女の部屋から品々が見つかった。

即刻彼女はクビになり綾美は一人になった。

しばらくはいなくなった早希を探したがいるはずもなく、次にきた乳母が気に入らなかった。

来る乳母来る乳母を追い出して、ついに父も母も綾美に乳母をつけなかった。

それ以来、綾美には笑顔で話す事も無くなった。

小学校に入っても綾美は一人だった。
誰かと仲良くなろうとも思わなかったし、話したいとも思わなかった。

そもそもそういった習慣がない。

孤立する綾美に話しかけたのは静香だった。

『ごきげんよう』

柔かな笑みだった。

始めは挨拶だけだった。
次第に日常会話をするようになり、あるとき静香が言ったのだ。

『綾美は私の親友だわ。』と。

綾美はとくに考えた事もなかったが、なんとなく、ただなんとなく静香ならいいかな。っと思った。

それ以来、静香と綾美は親友になった。

社交的な優は知らず知らずのうち仲間に入っていた。

綾美は彼女達といる時間笑顔を取り戻した。

そうやって三人の歯車が上手く回って中等部へと上がり、高等部へと上がった。

そうして『アイツ』が現れた。

アイツは静香が連れてきて仲間になった。

高等部からの一般生のくせに特別生の紺のリボンを付けていた。

一般生と特別生のどちらにもあいいれない彼女をきっと静香は哀れんだんだ。と私は思った。


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