恋する吹奏楽部

「ただいま。」
「おかえり。」
私は小屋敷雫(こやしき しずく)。
中学二年生でテナーサックス吹いてます。
「雫。話があるんだけどいい?」
「何?」
お母さんが晩ご飯作りを中断して冷たい麦茶を淹れて私の前に置いた。
「部活の事なんだけどね。」
「うん。」
「コンクールにはでたいの?」
「もちろん出たいわ。」
「雫が真剣になにかに熱中してくれてるのは嬉しいわ。でもね。」
「何?」
「お母さんはね、顧問が許せないのよ。」
「え?どういうこと?」
「お母さん、実は音大出身なの。」
「へえー。」
「そこで岡重薫と出会ったわ。」
「おかしげ・・・かおる・・・。私たちの顧問の!?」
「そう。」
「初耳!」
「雫、お母さんが何の楽器を吹いてるか知ってる?」
「え、サックスでしょ?私お母さん目指してサックス始めたのよ!」
「えぇ、嬉しいわ。でもね、元はクラリネットだったの。」
「!?」
「中学校からずっとクラリネットふいてたの。でもね、薫に会ってからクラリネット吹けなくなっちゃった。」
「なんで?」
「薫は人間の限界を超えてる。私じゃとてもかなわない。クラリネットプロまであと少しだったのにね、突然目の前に薫っていう大きな壁ができて「あぁ、こういう人間がプロになるんだ。」って思ってクラリネット断念しちゃった。」
「なんで!」
「どうしても楽器だけは続けたかったんだわ。きっと。そしてプロになりたかったのね。」
「じゃあ、頑張って岡重先生と一緒にプロ入りすれば!」
「甘いわ、雫。一緒にプロ入りしたら二人で比べられるでしょ。圧倒的に薫はうまかった。」
お母さんは寂しそうだった。
大好きなクラリネットやめちゃったんだもん。
私だって絶対テナーやめたくないもん。
「そのとき、薫は私の憧れだったの。いつか薫を抜かすんだって。だから薫が元やってた楽器、サックスで抜かしたかった。」
「先生、サックス吹けるの!?」
「そうよ、元サックス奏者だったの。でもサックスをね、薫は諦めたの。」
「なんで?」
「薫はサックスの先生に「やめろ」って言われたらしいの。薫はサックスに向いてなかったみたい。」
「で、クラリネットを始めたのね。」
「そう。それでね、薫は大学卒業までにプロ入りを果たしてそのまま姿を消したの。」
「え」
「私は薫のクラリネットがもう一度、どうしても聞きたかったの。」
「ほうほう。。。」
「薫をずっと探し続けたわ。でも結局見つけることはできなかった・・・。と思ったら。」
「うん。」
「娘の学校に顧問として現れたわ。」
「・・・。」
「5年間なにをしてたのよ。人の気も知らないで。」
「いや、先生にもいろいろあったとは思うよ?」
「人の連絡にもでれないの!?そんくらいはいくら忙しくてもできたはずよ!会うことが無理な事くらいわかってるんだから!しかも去年ひょっこりと現れちゃって!一年で全国レベルの吹奏楽部に育てちゃって!薫は他にやることあるはずよ!薫の音色を求めてる人が世界にどれだけいると思ってるの!」
「だからって私が部活をやめる必要ある!?」
「あるわよ!」
「どこにあるっていうのよ!!」
「顧問よ!」
「私は関係ないじゃない!」
「あるでしょ!?吹奏楽部でしょ!」
「お母さんは自分の好きなクラリネットやめたくなかったでしょ!?私だって好きなこと辞めたくないのよ!」
「私はいくらいやでもクラリネットやめたわよ!」
「そんなの知らないわよ!」
「いいから部活やめることね!テナーくらい買ってあげるわよ。」
「別にテナーが欲しくて部活やってるわけじゃないよ!ばか!」
「親に向かって何言ってんの!」
私はリビングを出た。
「お母さんなんか知らない・・・!」
部活に入ってたくさんの仲間に出会えた。
たくさんの先輩に憧れて、たくさんの後輩に会えた。
とっても楽しかった。
なんでお母さんの都合でやめなきゃいけないの?
ただでさえ人数の少ない二年生。
私はその中でも楽しくやっていたいから。
輝きたいから。
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