恋する吹奏楽部
「俺、神樂の事好きだから。」
「私もすきだよ。」
「ぜったい時雨入ろうな。」
「約束だよ。」
「おう。」
そう言って私は彼と手を離した。
私、神樂保乃花は入団先の特別学校で恋に落ちた。
相手はS県から私と同じようにして入団してきたサックス奏者だった。
でも私が入ってきた一ヶ月後に彼が来たため、私と同じ半年でも、私の方が早く楽団を離れてしまう。
それがすごく哀しかった。
彼は大山 武流(おおやま たける)と言った。
ソロコンテストでりりーと戦った相手だった。
もちろんりりーがかったけど。
でも今は多分りりーに負けない位上手い。
かっこいいな。
ここに来る前はT都には行きたくなかったけど今はどっちかっていうと戻りたくない。
もう少し武流といたいし、楽団での曲が少し吹けるようになったから。
でも戻ったらみんなが迎えてくれるはずだから。
「武流、私、行かなきゃ。」
「いってらっしゃい。」
「うん。」
永遠の別れなんかじゃないよ。
一緒に時雨楽団に入るんだよ。
だから、そのときまで。
「ばいばい、武流。」
武流は小さな口付けをおでこにしてくれた。
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「神樂ちゃん、今日の合奏にはもちろん参加するよね?」
「うん!するよ!でもその前に先生とお話したいから。」
私は皆とはあまり喋りたくない。
喋りたいけど、喋っちゃうと、武流との思い出を潰してしまいそうになるのが怖いんだ。
「先生、ミーティング後、お時間いただけますか?」
「いいよ。どうせ今日なんてなんも話すことないし。」
「ありがとうございます。」
「はーい、じゃあ全員練習開始。合奏は10時からー!」
そして私と先生は準備室に向かった。
「えーじゃあ、改めまして、おかえり、かぐらっち。」
「ありがとうございます。」
「楽団での生活はどうだったかい?」
「以外に若い子が多くてびっくりしました。みんなFUKAさんみたいな大人がいっぱいいるのかと思ったら、中学生や高校生がいて・・・。みんな私よりずっとうまかったです。」
「当たり前じゃん。時雨に正式に入団してる学生さんは生まれた時から楽器への道があるんだ。産まれた時から楽器と一緒なわけ。」
「そ、そうなんですか…。今からもう一度入団出来たりしませんか…?」
「もう一度?」
「はい…」
「私は別に構わないけどコンクールはどうするの?」
「いや、それなんですけど…。時雨でもっと極めたいです。フルートすきだから…いつかプロとして頑張りたいし…」
「でも、かぐらっちはなんのために時雨にいったの?コンクールのためじゃないの?出たくないの?」
「それで悩んでるんです…」
先生は溜め息をついた。
「プロがどれだけ大変か知りたいかい?」
「え?」
先生は机の引き出しから一枚のポスターを取り出した。
「私の初めてのコンサートのポスターさ。」
「な、なにこれ…」
そのポスターは落書きでいっぱいだった。
「大学の同期の奴等にやられてね。酷いだろ?」
「ゆ、許せないです」
「でしょ」
「でも先生!美喜はプロじゃないですか!私はプロ目指しちゃだめなんですか!?」
「反対とは言ってないよ。美喜は一年生の時にもう才能が開花してたしな、プロ入りしたら同じクラ奏者として嬉しい。でもかぐらっち、君は美喜とは違うんだ。」
「ど、どこがですか!?」
「プロの厳しさ。美喜の母親はプロのクラ奏者。父親は時雨の講師、もちろんクラ奏者だ。クラだけじゃなく、バスクラ、コントラクラも吹いている。プロの世界を幼い頃から知っている。美喜がプロのクラ奏者としてデビューした頃美喜は本気で心から喜んでた?美喜は両親に並んだことを喜んでたが、ひどく世間の目を気にしていたぞ。」
そこが美喜とかぐらっちの違い。
と先生は言った。
私は決意したんだ。
「もっと修行します。」
私が顔を上げたとき、先生は微笑んだ。
「がんばれ。」
夏休みが終わったら私は時雨に帰ることになった。