恋する吹奏楽部

-音楽準備室-
「極美。」
久しぶりに聞く声。
この声だけは一生聞きたくなかった。
私はあのあと、岡重先生に音楽準備室に来るようにと言われ、
生徒相談室に行くのを避けるため、しぶしぶ音楽準備室にやってきた。
「はっ、なんだよ。」
ちがう、こんな態度とっちゃダメ。わかってるよ。
でも。
「てめぇ、」
私の前にたつ岡重薫先生。
私は元吹部。
岡重先生は吹部の顧問。
「・・・。」
私の態度にキレる先生。
違う、違うよ。
私だってこんなことしたかったんじゃない。
あぁ、もう助けてよ。
「なんで恵美に手出した?」
岡重先生は怒りを堪えて私に質問する。
この時ばかりはさすがにあの先生大好きな飯島先輩もいない。
「あぁ、あの子恵美って言うんすか。」
「話をそらすな、真面目に聞け。」
「・・・。別に、特に理由とか、そんなんないから。」
「そうか。」
「・・・。」
は?
いやいや、普通の教師ならそこでブチギレでしょ?
そんなんでいいのかよ。
「極美」
「あぁ?」
「なんで部活やめたんだ?」
・・・。
なによ。
部活やめるって言いに行った時は「そうか。理由は聞かないでほしい?」
とか言ってたくせに。
結局聞くのかよ。
いや、言うけど。
「・・・部費。」
「部費?」
「部費が払えんくなった。」
「そうなのか。」
「うち、母子家庭なんだよ。お母さんちゃんと働いて、私に部費もあずけててくれたんだよ。でも、この部費でお母さんをもっと幸せにできるんじゃないかなって思った。だから。だからやめたの。」
「一つ聞いていい?」
「?」
「極美はさ、」
岡重先生がなにかを持ってきた。
「な、それは!」
「極美が使ってたバリトンサックス。」
私が使ってたのは学校のバリトンサックスだけど・・・?
「ひかると、一年生の麻妃ちゃんが磨いてくれたんだよ。」
私は目を見開いた。
大好きだったひかる先輩と、憧れてた可愛い後輩。
そしてキラキラのバリトンサックス。
「My楽器みたいだろ?」
先生が私にサックスを渡してくれた。
あぁ、この感じ。
「懐かしい?」
岡重先生が優しく問いかける。
私は目をつぶって頷く。
涙を浮かべながら。
戻りたい、あの頃に戻りたい。
でも、もう戻れない。
部員という名の家族を傷つけ、部活を続けていた頃と全く容姿が違う。
髪の毛は金色で、くるくるの巻き毛。
メイクもしてて、校則違反しまくり。
これじゃあ、戻れない。
直せばいいだけなんだけど、もうできない。
ダサくて、仲間に笑われるだけ。
「細かいことなんて気にすんな。」
岡重先生は全部を悟ってくれてるように、私の髪を撫でた。
あぁ、

サックス吹きたいな。


岡重先生がにやっと笑った。
きも。
「今、楽器したいって思ったでしょ?」
「はぁ、別に思ってなんか、」
「だって極美とファゴットとオーボエのあいつらが帰ってくるように準備してるんだぜ、私ら!」
「ちょ、まって、」
「サックスピッカピカにしたしぃ、ファゴット注文したしぃ、オーボエも私の友達にもらったしぃ~~いやぁ、これは入らなきゃみんなに失礼じゃねー?」
「う、てか、その喋り方やめろし。」
「どうするの、入るの?入らないの?」
「だって、母さんが!」
「もう話をつけておいた。お前はいつでも部活に入れるんだ。」
「・・・。」
「入るって言った瞬間、家族なんだぜ。」
「・・・は、入ってやる。入るよ、お母さんにこの気持ち伝えたい。」
「・・・お帰り。極美。」
「・・・ありがとうございます。岡重先生。」
廊下で歓声が聞こえた。
部活のみんなが
耳を済ませてたんだと思う。
とりあえず今日、家に帰ってお母さんと話す。
「私、サックス吹き始めたんだ。」
以前より楽しい話をいっぱいしてお母さん喜ばせなきゃ。
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