恋する吹奏楽部
あなたの名を呼ぶために、
お母さん。
会いにきたよ。
過去のお母さんに。
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「詠唱、愛してる、」
「...私も。」
女の腕の中には小さな男の子が。
「生まれてきてくれて、ありがとう。
寿御。」
女は隣に並ぶ男にも一言。
「あなたも、生まれてきてくれてありがとう。
絶露。」
絶露...そう呼ばれた男は顔を少し赤らめた。
「あ、照れてるわ。」
「照れてないよ。」
詠唱がくすくす笑う。
長く長く伸びた髪。
それは詠唱の力の大きさを表している。
「もう遅い、寝よう。詠唱も体力が持たないだろう。」
「そうね、寿御も寝てるし。おやすみさせていただきます。」
「あぁ。」
詠唱は小さな男の子をベッドに寝かせ、部屋を出た。
部屋に残ったのは絶露と寿御。
「寿御、ついに産まれてきたんだね。」
絶露が寿御の頬を撫でる。
「こんなに小さな君もいつしか立派になっていくんだね。この世界で次に君に会える日が楽しみだよ。」
そう言い残し、絶露は詠唱の眠る部屋へ移動した。
静かに眠る詠唱はまるで永遠の眠りについたような美しさで悲しくなった。
「詠唱。」
小声で彼女の名前を呼ぶ。
「ぐっすり眠ってるようだね。よかった。」
絶露が詠唱の額にキスをして、部屋を出た。
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次の日。
「あなた....?」
絶露は体の弱い詠唱と幼い寿御を残して姿を消した。
小さな子供を抱いて街中を駆け回る孤独の女神。
顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「うぅ、お、おねがい、戻って、戻ってきて、あなた・・・、絶露さん・・・、來栖さん・・・、ぅ、うぅっ、どこに、いったの、?」
街の真ん中で、女神は声を張る。
「赤尾絶露先輩っ__________!!!」
絶露は戻ってこなかった。
そして、長い年月が経ち、
________寿御が14歳になった。
詠唱が倒れた。
寿御が見た昏睡状態の詠唱の姿はまるで永遠の眠りについたような、
女神-アリア-だった。
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-來栖寿御視点-
僕は自分の父親の名前も知らない。
顔も知らない。
でも一度写真を見たことがある。
もう覚えてないけれど。
幼稚園の頃かな。
お母さんの詠唱が買い物に出かけているとき、なぜか異常に部屋の棚を漁りたくなった事があった。
「・・・なにこれ?」
本のようなものがあった。
ボロボロで、表紙の文字も、ましてや中身などとても読めるものじゃなかった。
そしてそこに何枚かの写真が入っているのを見つけた。
お母さんがホルンを吹いている写真、中学生のときの友達と撮った写真などたくさんあった。
一枚、お母さんがウェディングドレスを着ている写真があった。
お母さんのとなりに並ぶ男の人がお父さんだってのはすぐわかった。
覚えてることはただ一つ。
二人とも綺麗だった。
その他は何も覚えていない。
だからこそ知りたい。
お父さんの事。
そして知らせたい、お母さんが昏睡状態だってこと。
伝えなくちゃだめなんだ。
お母さんはお父さんが帰ってくるのをずっと一人で待ってたから。
お母さんに必要なのは僕やホルンだけじゃない。
お父さんが必要なんだ。
隣にいてあげて欲しい。早く。一刻も早く。
音に溢れているこの綺麗な世界を見せてあげたい。
僕の音色、聞いて欲しい。今一緒にコンクールに向けて練習してるけど、そうじゃないんだ。
【詠唱】じゃなくて【お母さん】に聞いて欲しいんだ。
そして【お母さん】のホルンも聞きたい。
早く、
目を覚まして。