恋する吹奏楽部
-堤春菜視点-
私と詠唱が移動の間も詠唱は激しく咳込み、ふらふらと歩き、時折倒れるなどを繰り返した。
私がいくら止めても詠唱は聞かなかった。
でも確かに全く熱はないし、体温も凄く上がってるとかそんなんでもない。
詠唱はなにか特別な病気でも持ってるのかな、と思い、必死に止めても詠唱は大丈夫、と、繰り返すだけだった。
私は優歌のことなど忘れていた。
そして、宿舎を出て、昨日バトルがあった海の家の近くの砂浜で詠唱は足を止めた。
「、、、。」
どうすればいいのかわからない。
私はさっき詠唱からこの本のことを教えてもらった。
本は残り一ページになっていた。
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朝日が海の水面に反射して眩しい。
砂浜に倒れこむ詠唱。
どうしてか春菜は動くことができず、詠唱の元へ駆け寄る事はできない。
それは春菜の動きを詠唱が制しているから。
さっき詠唱に教えてもらった、この本のこと、
「ハ、ル・・・ナ・・・、それは、私の寿命を縮めるもの、なのっ」
戸惑いを隠さずにはいられなかった。
春菜の前で苦しそうに咳き込む詠唱。
この本は詠唱の寿命を縮める元であり、そして書き続けないと吹奏楽の未来は途絶えてしまうというものである。
つまりこの本の持ち主は、詠唱を選ぶか、吹奏楽の未来を選ぶか、・・・二つの選択ができる。
この本は残り一ページ。
これを書けば詠唱は死ぬ。
「・・・ハルナ、わ、わたしっ、ま、まだ・・・死にたくないよ・・・。」
「詠唱・・・。」
「で、でもね、私みたいにっ、まだ、楽器したい人、たくさんいるよっ、」
「・・・。」
「だ、だから、書いて・・・。最後のページ・・・。書いて、未来に繋げてっ・・・。私をっ、私を春菜の、春菜の手で、殺して・・・?」
「だめ。そんなの、いや・・・。」
「春菜にもっと、もっ、と、フルート吹いて欲しい、の。コンクール、がんばって・・・。」
私は最後のページを見つめた。
このページを書いてしまうが最後、目の前で確実に詠唱は、女神は死ぬ。
書かなければ、未来に吹奏楽はない。
詠唱の力が次第に弱まっていくにつれ、春菜の体は自由になる。
もう一度、詠唱と最後のページを見つめる。
「ううん。違うよ、詠唱。」
「っ?」
詠唱が顔をあげる。
「未来も、詠唱もまだまだ終わらないよ。」
春菜がその言葉を発した瞬間、春菜の体が自由になった。
そしてゆっくり詠唱の元へ近づく春菜。
詠唱が目を見開く。
「春菜!わっ、私は、もう、死ななきゃなんだよっ!皆にっ、まだ、楽器してて欲しいっ、私はいいの、今は皆に、楽器吹き続けて欲しいからっ。未来に吹奏楽を続けて!」
「だめっ、詠唱。」
「お願い!私・・・私・・・。」
詠唱が生まれたての子ヤギのように足をガクガクさせながら立ち上げる。
「・・・私、生まれ変わっても、ホルン吹きたいな。」
詠唱が笑顔で、再びガクッと崩れ落ちる。
すかさず春菜が支え、二人でしゃがみこむ。
「もう、女神とか、強豪校とか、そんなのいらないっ!いくら今より下手でもっ、生まれ変わってホルン吹けるならっ、も、もう、なにも望まない!未来に続けて!」
詠唱が春菜に訴えかける。
「春菜、わ、私を殺して・・・?」
詠唱がパーカーのポケットからペンを取り出し、春菜に渡す。
「殺して!!!」
「アリア!!!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
「あなたはホルンを吹くために生まれたの!あなたは式舞の女神なんだよ。こんなところで死んでどうするの!?詠唱のホルン、まだ終わらないよ!」
「・・・!」
「詠唱が死ぬなら私も死んで、生まれ変わって、一緒に楽器するんだから。勝手に死んじゃ困るわ、女神様。」
春菜が立ち上がり、最後のページを破り捨てた。
春菜の選んだ結末、それは。
書かなければこの小さな本によって消されるもっと小さな世界とホルンを吹くために生まれた小さな命を自分の手で未来につなげる事。
‘最後のページは必要ない’
「ページは永遠に続く。どこの誰がこの本の著者だとしても、皆きっと同じ結末を選ぶよ。」
春菜が微笑んで、二人は光に包まれる。
「私たちがね、未来を変えるんだよ。」
「春菜・・・!」
詠唱の顔色がたちまち良くなって、目の色も明るくなる。
すっかり体調が良くなったのか、自分で立ち上がる。
「春菜、ありがとう。私、春菜とずっと楽器続けたいよ。」
「うん!」
二人見つめ合い、微笑む。
「誰も死ぬ必要は無いし、この世界が消えてなくなる必要もないんだよ。人類は限りない未来、ずっと楽器を吹き続けることができるんだよ。」
春菜が言い、詠唱がたちまち笑顔になる。
「うん。春菜は私の女神だよ、私の中で永遠に輝くよ。」
春菜が少し照れ、お互いに握手をした。
「もうこの本いらないね、詠唱とも一切関係なくなったし。」
「そうだね。じゃあどうするの?」
「岡重先生にお返しする。岡重先生のおじいさんのなんだって。」
「そうなの?先生のおじいさんはなにがしたかったのかな?」
「さぁー。でも先生のおじいさん、誰も死ななくても続く永遠のハーモニーを知ってたんだよ。」
「うん。きっとそうね・・・。ありがとう、春菜。」
詠唱が春菜の手を握り返す。
「頑張ろう。次会うその日まで。」
「うん。」
次会うときは・・・。
コンクールの舞台で。