アイノカタチ
それから社長が帰ってきて、蓮名様との契約は万事終了した。
「安都間社長、どうか我々を末永くよろしくお願いします」
帰り際、蓮名様は深々と頭を下げた。
「いえ、頭を上げて下さい。
よろしくお願いしますと言うのは、私の方です」
社長は、蓮名様の肩を優しく掴みながら言った。
「どうか我々の会社を、あなた方の細かなエンジニア技術で盛り上げて下さい」
「はい」
それから、エレベーターを待ち、チン、と音をたてて扉が開くと、月希さんが案内役として蓮名様と一緒に乗り込んだ時だった。
「遥ちゃん」
「はい?」
「今日はありがとう」
「いえ、逆に若造が偉そうな事を話してしまいました。すいません」
「いやいや、君には本当に感謝しているよ。これからよろしく頼むよ」
「はい」
それを最後に、蓮名様は帰って行かれた。
それから私達は部屋に戻り、飲み終わったカップを片づける。
「蓮名さんと、何をはなしたんだ?」
ゆっくり持ち運ぼうと腰を上げた時、社長からそう問いかけられる。
「…娘さんの話をしました。」
「娘さんの?
しかし蓮名さんの娘さんは確か」
「はい。お亡くなりに。
天国にいる娘さんに、かっこ悪い父親の姿を見せないように、今日まで頑張って来たのに、それが出来なくなったと。
落ち込んでいらして、言ってしまいました。」
「言った?」
「はい。
きっと、娘さんは蓮名様の頑張りをしっかり見ていると。
だからこそ、スカイビレッジからこの話が来たのではないかと」
「……」
それを聞いて社長は無言になる。
「………余計な事をしてしまいましたか?」
不安になって、社長に問い掛ける。
と、その時。ぐいっと腕を捕まれ気づけば社長の胸の中に入っていた。
「…えっ!?社長!?」
私は軽くパニック。
しかし、社長は何を思ったか、ははははっ!と笑い出す。
「よくやった!
お前は凄い!」
「え、あの…………」
いまいち分からず、私は首を傾げる。
「実は、蓮名さんは契約をしに来たのではない。断りに来たはずだったんだ」
「え?」
「しかし、私の方で渋って先延ばしにしていたんだ。
どうしても、彼らの細かなエンジニア技術が欲しくてね」
「技術?」
「ああ。
蓮名さんの会社には、エンジニアとしての誇りと、プロ意識をもって関わっている人たちがたくさんいるから、素晴らしい物ができる。
その人たちが我が社に入ってくれたら、スカイビレッジは益々進歩を遂げる事が可能なんだ。
しかし、蓮名さんは絶対に首を振らないから、諦めようとしてたのさ。
私も鬼ではないからね」
ギュッと力を込めながら熱く語る。
「だから、さっき『よろしくお願いします』と言われた時は、びっくりしてフリーズしてしまったよ。
本当に、よくやってくれた!」
バンバンと背中を叩かれ、またあははっ!と笑い出す。
よほど嬉しかったのだとわかる。
「はっ!そうだっ!祝いだ!
今日は皆で祝いだ!君も来るんだぞ!」
「えっ?いや、あのっ」
私は行きません、と言おうとしたんだけど。当の本人は電話口へ向かいいそいそと何処かへ掛けている。
「月希か?武惟もいるか?
そうか、今日は祝いをする!いつもの場所で予約を取っておいてくれ。人数は4人だ!
お前らもこい!」
子供のように、はしゃいで言っている。
これはもうだめだと諦め、キッチンへカップを運ぶ。
いつも不機嫌な顔しか見ていなかったから新鮮な感じだ。
さて、多分今日は遅くまで飲み明かす事になるだろうなぁ。
社長の性格じゃ、自分が倒れるまで誰も帰さないと見た。
から、明日の朝食と昼食の準備をしておこう。
「そんなもの明日でも出来る!」
未だに電話口で、多分月希さんと揉めている。
社長の大声を聞きながらいそいそと取り掛かった。
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