アイノカタチ
チン、と小粋のいい音を鳴らしながらエレベーターのドアが開く。
私はそそくさと乗り込むと同時に閉ボタンを押し、最上階へ。
ゆっくりとした動作で、静かに動き出す。
その間、額にかいた汗を軽く拭き、ファンデーションを塗りなおす。髪もクシでさっと解かし息を整える。
髪を振り乱したままでは格好がつかないからね。
まぁ、前の職場じゃ振り乱しまくりだったけど。
チン、と再び小粋のいい音を鳴らしながらエレベーターが開き、未だ開けきらないうちからするりと廊下へ出る。
そのまま真っ直ぐ左側へはや歩き。
つきあたりの部屋を目指す。
そこが、あの人のいる部屋になる。
両足を一旦揃え、深呼吸を2回。
ゆっくり拳を作ってドアを3回叩く。
「櫻崎です」
『入れ』
「失礼します」
頭を軽く下げながら、ゆっくり中へ入る。
ここまでジャスト1分前。
うん、次回は本気で早めに家出ないと間に合わないな。
「おはようございます。社長。
朝はご足労お掛け致しまして申し訳御座いませんでした」
中へ入って3歩あたりで深々と頭を下げて言い放つ。
「全くだ。既に来て居るだろうと中へ入れば誰もいない。
話が分かっていないのかと内心焦ったぞ」
静かな抑揚のない声 が帰ってくる。
ゆっくり頭を上げると、客人用のソファーに横になっていたのか。
上着も羽織らずワイシャツにネクタイをぶら下げた状態でこちらを向く一人の男性。
名は、安都間 亮斗(あずま あきと)。
ここ、スカイビレッジ会社のやり手社長…らしい。
まだ会って2日しかないから、本当にやり手かどうかはわからない。
「申し訳ありません。
いまだ、時間の把握がついておりませんでした。次回は必ずお約束の時間までに」
軽く目を伏せて言う。
「そうしてくれ。
朝から愕然とするのは、仕事の出来に響く」
「はい」
私は、内心苦笑しながら返事をする。
気分で仕事の出来に支障が出る人が、会社のトップで大丈夫か?
若干不安になりつつ、この2日告げられた業務内容に入る為スタスタと奥にあるキッチンへ向かう。
え、会社なのにキッチン?って思うでしょう?
それがあるの。
この社長室だけ。
私も入った時はあまりの有り得ない事態にフリーズしたわ。
まぁ、流石に3日目となると慣れてきて、こんなもんか。って思うけど。
慣れって恐ろしいわね。

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