壁越しのアルカロイド
「……?」
母が帰って来たのだろうか。
梨奈は相変わらず鼻をかみながらぼんやり天井を見上げる。
と、と、と、と…。
静かな足音はゆっくりと、真っ直ぐに梨奈が立て籠もっている扉の前までやって来た。
そして無言のまま立ち去ろうとしない。
………?
やっと梨奈は不思議に思い、首をかしげた。
「…ぐすっ…お母さん?」
「………。…ふぅ。」
梨奈の小さな呼び掛けに、相手は心底呆れ返ったようなため息だけを漏らす。
そのかすかな声と気配で、扉越しの存在を敏感に感じ取り、梨奈はビクッと息を吸った。
「……。」
「何?親子で仲良く下してるの?」
扉越しにいつもの蔑んだような物言いが飛んでくる。
途端、梨奈は手に持っていたティシュをギュッと握り、冷や汗をかき始めた。
「それとも何。傍迷惑千万にこんなとこで立て篭ってるわけ。相変わらず。」
「…っ…。」
冷たい冷たい氷の刃物のような口調に梨奈はぐさぐさと刺される。
「……エレベーター上がって来たら、あったんだよ。下の公園に行こうとしてたみたい。麻美子さんには、うちのトイレ貸しといたから。」
「………。」
「…何かいうことは?」
「……ごめんなさい。」
はぁ、と許しのため息をいただき、梨奈は更に便座の上で小さくなった。