三種の神器‐戸嘴美園(こはし みその)の場合
「じゃあこの際はっきり言うよ。千菊と僕との付き合いはもうあれこれ約2年ほどになる。ちなみにその頃僕は千菊に『一生日陰の身でもかまわないから私と付き合って』と打診された。だが千菊と紫苑とは学生時代からの親友同士だと解っていたから、最初はいくらモーションをかけられても僕はしばらく動じなかった。それがときたまこの菊邑を接待で使っていた事もあって、僕はじょじょに千菊と話す機会が多くなって、気づけばいつの間にか深い関係になっていた。そしてその結果千菊が妊娠してる事が解ったんだ。でもって千菊に『産んでも良い?』って聞かれたから僕は覚悟を決めGOサインを出した。そしてこの事を踏まえて近々紫苑にこの事を話すつもりだったんだ」
  と貴文はそう言った。




「そう。2人の仲が2年も前から続いていて、しかも2人してこの私の事を欺(あざむ)いていたんだ。それにしても私は千菊の事をずっとかけがえのない親友と思っていたのに、あなたにとって私は私の主人をいとも簡単に略奪出来てしまえるほどに軽い存在だった訳ね……」
  と紫苑は半ば呆れ顔で一言そう呟いた。




  その紫苑の言葉に対して
「言わせてもらうけれど紫苑あなたは元々裕福な家庭に生まれて何不自由なく育った。でもそれに比べて私はずっと母と子の母子家庭で貧しい暮らしを強いられてきたわ。はっきり言って私はずっとあなたの事が羨ましくて仕方がなかった。そして紫苑あなたは更に名門の更科家の御曹司とすんなり結婚までも出来てしまった。『ああ、私は何もかもあなたには叶わないんだ』とその時悟ったの。あなたはそんな私の気持ちなんてこれっぽっちも知らなかったんでしょう?ちなみに私は紫苑あなたをずっと嫉妬の眼差しでもって眺めているしか術(すべ)がなかったのよ」
  と千菊は自分が今まで押さえてきた紫苑に対する気持ちを一気に吐き出した。




「そんな……」
  その時紫苑は千菊がぶつける矛先(ほこさき)が明らかに間違っていると思いながらも、一気にまくし立てたその千菊の言葉に対して、千菊の内に秘めた気持ちを果たして自分はどれだけ理解してただろうか?と改めて思い知った。
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