スナック富士子【第四話】
雨の日ばかりだ、と富士子ママが気がついたのはやはり傘立てがきっかけだった。
「ママー、傘が入らないよー。」
と、入ってきた客が言って、富士子ママはカウンターの客から目を逸らした。
「あら、あら・・・ごめんなさいね。そんなに降って来たのねえ」
ママはいそいそとカウンターから出ると客から蝙蝠傘を受け取って、入り口の横に設えたコート掛けの後ろに置いてあったもうひとつの傘立てに入れた。その傘立てをコート掛けの横まで出して振り向くと、カウンターに座った男の背中をしみじみと眺めた。皺の寄ったワイシャツの背は広く、その背がゆったりと丸まってカウンターにもたれるように座っていた。
(そういえばこの人は、いつも雨の日に来る。)
富士子ママはカウンターの中に入ってお冷とおしぼりを用意した。顔を上げるとカウンターの男と目が合った。彼は照れたように少し笑った。富士子ママはこんなことにいくらも慣れていたはずなのに微笑み返す時に目を逸らして、なんだかもう一度彼を見るのが照れくさくてお盆に目をやったまま蝙蝠傘の客のほうを振り向いた。蝙蝠傘の客は知り合いのテーブルで手を振り回しながらもう話に夢中になっているらしかった。テーブルの声に負けないように元気よく「いらっしゃい」と声を掛けながらおしぼりとお冷を出す。大いに楽しそうなテーブルで卑猥な冗談をサラリと交わして富士子ママはまたカウンターへ戻って行った。カウンターの男は煙草に火をつけたところだった。