あの加藤とあの課長*SS集
応接室に案内される途中だった。



「加藤、モタモタするな、早くしろ。」



不意にそんな声が聞こえてきた。

“加藤”

懐かしい響きに頬を緩めた。実際、加藤なんて他人行儀な呼び方、したことないんだけどね。


なんて思いながら、その声の方に視線を向けた。



「すいません。」



そう謝りながら、怒鳴った彼の後を颯爽と歩くその姿は、あの頃と何ら変わりはなくて。



「…陽萌。」



俺の呟きは、彼女たちの足音に掻き消されて、誰にも聞こえていないだろう。


あれから幾夜を越え、幾度もの季節を過ごした。

一瞬たりとも俺の心を解放してくれることのなかった君は、より強く俺の心を縛るんだね。


運命でも、偶然でも、なんでもいい。

大好きなんだよ、陽萌。
< 15 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop