あの加藤とあの課長*SS集
「あ、っと…。」



やっと我に返ったらしい陽萌は、誤魔化すようにえへへと笑う。

けれど、どこか悲しそうで。



「誰にやられたんや。」



何も考えることなく、俺はそう尋ねていた。



「えと、わ、分からなくて…。」



いつもの威勢はどこへやら、歯切れ悪くそう言うと、そのまま俯いてしまった。

座り込んだ膝の上で作られた拳は、心なしか震えている。



「分からないってなんや。」

「トイレ入ってるときに上からかけられたから…。」

「…随分と古典的やな。」

「汚水じゃなかったのが救いかな…。」



俯いたまま微かに笑いながら言うその声は震えていて。



「…えへ。」



パッと上げたその顔は笑っているつもりなんだろうけど、泣き顔にしか見えなかった。



「夏服じゃなくて良かったー。カーディガンとか着てるから透ける心配もないし!」

「…アホ。」

「アホってー。ひどくないですか?」

「アホやからアホやねん。」

「ひどー。」



歪み始めたその表情に気付かない振りをしながら、重い腰を上げる。



「陽萌。煌とクラス一緒か?」

「え、あ、はい。」

「分かった。」



そのまま屋上から屋内に入ると、1年の教室に歩を進めた。
< 76 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop