飛ばない蝶は、花束の中に
深雪さんは、と。
ようやく私を見た彼は。
そちらのマンションに、部屋をひとつ用意しましょうと、道を挟んだすぐそこに建つマンションを指差した。
「…………え?」
「こちらに一緒に居るのは、不自由でしょう」
せっかくの夏休みなのに、こちらの家では朝寝坊も出来ないんじゃないですか? と、悪気のあるようには見えない彼が言った意味を、一瞬で理解した。
私、邪魔なんだ。
お兄ちゃんは、……私が邪魔なんだ。
私の返事を待たずに、では、と再びアウディに乗り込んだ彼は、お兄ちゃんの右腕。
彼のする事は、お兄ちゃんのする事?
彼の言う事は、お兄ちゃんの言った、事?
「………深雪、ちゃん」
“タカノ”が、呼ぶ。
思ったより、全然穏やかな声に、私は。
哀れまれた、と。
全ての、鬱屈とした感情が、血の気が引くほどの怒りとなり。
一斉に“タカノ”に向いたのを、自覚した。