飛ばない蝶は、花束の中に
私達が家に着くと。
黒のアウディ、髭の彼の車は、すでにガレージに停まっていた。
すぐ隣に降りた私は、その車体が、まだ熱を持っていることに、つい今さっき到着したのだと、思う。
きっちり施錠された、ガラスのドア。
お兄ちゃんが開けて待ってくれる、その腕の下をくぐった。
階段を登り始めて。
玄関のドアが開いているのか、開けた所なのか。
微かにコーヒーの香りが、した。
「宇田川」
「ああ…早かったですね、良かった」
「こっちもやたら早かったな」
ええ、と。
苦笑をはっきりと浮かべた髭の彼は。
私に改めて、きっちりと頭を下げた。
「深雪さん、先日は失礼いたしました。何かご不便はありませんか?」
なんて。
柔らかく、柔らかく、微笑む髭の彼の空気は。
大丈夫、と私が答える前に。
どうしてほどいちゃいけないんですか!
と、リビングの方で叫んだ雅の声に、ぴくりと。
凍りついた。