暗黒の頂の向こうへ
第五章  見上げる空
時空警察第四チームはスクランブル待機をしていた。
守は遠くを見つめ、地球人としての生き方を、自問自答する。
 「守。 元気がないわね。 任務が終わった後、私と臨時パトロールで、まだ綺麗な自然の残る活気ある日本、広島にダイブしてみない」
「広島。 俺の先祖が眠る広島か……。 ダイブしてみるか」
守は目を閉じて答えた。 日本人の自分に、何が出来るか? そして地球人として何をすべきかを、見極めるために。
マリアと守は、これからの未来を生きるために、過去の広島を目指した。
「ノア、離陸許可をお願いします」
「こちら管制官。 ノア。 離陸許可します」
太陽の光を閉ざした暗黒の空に、時空移動船ノアは飛び立った。
 「ダイブアウト。 西暦2010年4月14日。 日本上空をステルス光学迷彩で飛行中。 この時代のレーダーには捕捉されていないわ。 守、見て。 鯨の親子。 向こうにはイルカの群れ。 凄く綺麗。 ほんと地球って綺麗。  私は、地球の綺麗な時代に生まれたかった。 日本も大好き。 食べ物は美味しいし、四季があって山も海も大好き。 こんな綺麗な星に、日本に原爆を落とすなんて、信じられないわ。 人間って、ほんとに愚か。
私と同じアメリカ人の血を引く人間が、原爆を使うなんて許せない。
許されるなら、今からダイブして原爆の開発者を殺しに行きたい気分よ。 守。 そうは思わない?」
守はさめたように水平線を見つめている
「当時、原子爆弾の開発は色々な国で研究されていた。
アメリカ合衆国大統領トルーマンの長崎原爆投下は、ソ連へのけん制ではないかと言われている。
日本に落とさなくても、どのみちアメリカは原爆を実験として、人間の頭上に落としていたよ。
朝鮮戦争で落としたかったのだから!」
「戦後日本人は、なぜ原爆廃止を世界に訴えなかったのかしら。
被爆国だからできる運動。 核を使わない。 核を持たない世界に導けば、
世界は救われたかもしれない。 被爆国日本人だから出来る、日本人の
宿命ではなかったのかしら……?」
 「それは言わないでくれ。 戦後の日本政府はアメリカの犬で、核廃止なんて言えない立場だったんだ。 同じ日本人として、怒りをおぼえるよ。 情けない。 侍魂はどこに行ったんだ」
二人は、春の広島県の穏やかな農村に降り立った。
至福の時間である。
 暖かい太陽の日差しを受け、自然に口元がほころぶ。
マリアは微笑みながら、空にゆっくりと手を広げ、話しかけた。
「見て守。 透き通る青い空。 太陽の恵みをうけた野菜を収穫する、幸せそうな家族。 子供たちの笑顔。 この時代では当たり前の光景も、私たちの時代にはない。 私もここで暮らしてみたい。 今までとは違う朝を、迎えたい」
 「ここで生活か……。 幸せだろうなー。 時空警察に見つからなければ」 マリアの遠くを見る眼差しに、守は癒されていた。
自分自身マリアを愛している事に、まだ気づかないでいる。
「時空警察を辞めて、緑豊かなこの時代で私と一緒に暮らす……?」
 「マリア。 気遣いはよしてくれ。 俺たちの家は厚い氷河に囲まれ、スクリーンに偽者の空を写した、空想の世界だ……」
守の心は言葉とは裏腹に、現実の暗黒の世界が偽りの世界で、緑豊かな過去の世界が現実の世界だと思わずにはいられなかった。
「守大丈夫? 義務づけられているダイブカウンセリングは受けたの?」
守は、形だけのカウンセリングなど、今の自分には無意味だとわかっていた。 緑豊かな時代の日本を、故郷と思いたかった。
二人は過去の世界に思いを残し、わだかまる未来へと帰って行った。

 世界統一国家テラのスクリーンに、映し出された青空を見上げる少年がいる。 ただ一人、友達と交わる事を避け、悔いるように見つめている。 その光景を金網越しに見つめながら、日本人孤児院の入り口に向かう人物がいた。 すると一人の男の子が気付き、嬉しそうに大声を上げる。 「あ……。 お兄ちゃんだ。 みんな、お兄ちゃんが来た」
 大勢の子供たちが入り口に群がり、次々に訪問者に抱きつく。
 訪問者は両手いっぱいに持ってきたプレゼントを、子供たちに手渡した。 久しぶりの訪問に、そしてたくさんのプレゼントに、大喜びしている。 
その人物は幼い頃、孤児院で育った古代隆一であった。 
嬉しそうな子供達の笑顔に、広島で傷ついた心が癒されていく。 そして一人で青空を見上げている少年に、気付かれないようそっと近づいた。 
少年は、はしゃぎまくる友達に視線を移すこともなく、手を伸ばし空を掴もうとしている。 この少年は、以前隆一が事故から助け出した少年であった。
少年は涙をぬぐい、微笑みながら隆一に質問をした。
「お兄ちゃん、大切な人はいるの?」
 驚いた隆一は、少年の顔を見つめた後、遠くを見るように答えた。 「いるよ。 大切な人は……。 そいつは、俺と同じ孤児院の出身だ。 小さい時から、いつも一緒だった。 俺が辛い時、いつも助けてくれる、家族のような存在だ。 そいつが喜べば、俺も喜ぶ。 そいつが悲しければ、俺も悲しい。 そいつといると、心が落ち着く。 そして心強い。 そいつを守れるなら、命を賭けてもいい」
 嬉しそうに語る隆一の言葉を聞いた少年は、見ることの出来ない相手が、心の底から羨ましかった。
 隆一と少年は未来を見つめるように、青空を見上げた。 その心は、スクリーンに映し出された青空のように、空想と現実の狭間に悩み、ジレンマを抱える陽炎のようであった。
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