暗黒の頂の向こうへ
第七章 境界線
守と隆一が不法侵入者を追いかけ、時空空間を飛ばす。 検挙を間逃れ、逃げるマフィアを捕まえる為に。
複雑に蛇行し、磁場で不安定な空間を二人は競うように速度を上げて行く。
 「俺が先に追いかける」
隆一は何も言わず、先を譲った。 そして感じていた。 広島での出来事以来、守が苛立っている事を。
 時空レーダーに映る不法侵入者を見据え、急速に距離を詰めて行くと、何か違和感をおぼえた。
 「隆一。 今一瞬、何かが見えた。 気付いたか?」 
 「あれは……。 おそらく時空移動船だ。 時空空間で、光学迷彩を施す事は、違法行為で、厳罰だ」
 守は顔を曇らせた。 「この付近で、時空警察の移動船は無い。 考えられるのは、麻薬取締局の船しかない」
守は暗号通信で、後を追うマリアに連絡を入れた。 「マリア、狭い時空空間で、光学迷彩を施した船が停止して隠れている。 激突しないように、注意してくれ。 おそらく麻薬取締局の船だ。 ポイントは、X軸35667・Y軸13569付近だ」
 「こちらマリア。 時空移動船が光学迷彩……? 危険を承知で、何故。 何か意図があるわね。 気付かれないように、速度を緩めず、全開で鼻先をすり抜けるわ。 そして私なりの挨拶をしてやる……」
 気丈なマリアは暗黒の時空空間を、迫り来るポイント目掛けてスロットルを全開にした。
半重力エンジンの轟音が船体に響く。 交差ポイント5秒前、4、3、2、1、交差。 音の無い時空空間で、お互いの船体に、強い衝撃とエンジン音が響き渡った。 不安定な空間を制御出来ず、お互いの船が、時空の壁に接触する。 マリアが操る時空移動船は、船体に電磁波が走るが、ぎりぎりのところで間一髪制御を取り戻し、その場を通り過ぎた。
「事実が物語っている。 麻薬取締局が、ヘロインを横流ししているという事だ。 残念だが、時空警察も関与している。 俺達時空警察と、麻薬取締局には、超えてはいけない一線があるはずだ……」
 二人は、怒りを何処にぶつけていいかが分からない。
隆一の視線が釘付けになる。 メキシコ・フアレスで見た、同じような光景がある。 そこには、冷凍保存されている人間の体や、臓器が眠っている。 臓器ごとにシリアル番号が打たれ、頭部からつま先まで整然と並んでいる。 まるでそこは、闇の人体マーケットのようであり、もはや人間も物でしかなかった。 テラも、過去の世界と同じであった。
 隆一が目を見開き、その中の一つに手を伸ばした。
「これは……? これがあれば……」
 握りしめた小さな光の中には、悩む自分の姿が映っていた。 冷凍保存された陳列棚で、並んで隆一を見つめる眼球の隙間に、欲望を断ち切るように戻した。
 二人は自分自身に問いかけた。 自分の生き方と、時空警察の在り方を。 そして、この国の未来を……。
 守は大量にあるヘロインを焼き払う。 そしてメキシコ・フアレスから拉致され、拘束されていた大勢の少女達を解放した。
 隆一は臓器に記されたデーターを、ダイブコンピューターに記録する。 真実を調べる為に。
 合流したマリアが、本部に状況の報告を入れる。
そして真剣な眼差しで、守と隆一に話しかけた。 「私たちは今、腐りきった闇の世界にいるわ。 時空警察と、麻薬取締局の上層部の腐敗した関係は、世界統一国家テラそのものよ。
これから私達は、時空警察と麻薬取締局に、命を狙われる存在になった。 私たちの戦う相手は、テログループでもマフィアでもなく、この国、テラなのかもしれない……」
 「俺と隆一は存在を把握されている。 時代を遡られて殺されたら、俺達に成すすべは無い……」
 「元々俺達は、いつ死んでもおかしくない世界で生きている。 俺は、いつ死んでも後悔はしないさ。 お前達と一緒なら」
 守と隆一は軽く笑い、諦めるように微笑んだ。
 その二人を見つめるマリアは決意する。 そんなことは絶対にさせないと……。
 暫くして、応援に駆けつけた時空警察に処理を任せ、複雑な気持ちを懐いて、三人は現場を後にした。
世界統一国家テラに夜が訪れる。
人間の生活サイクルを守る為に、地下世界を偽装する為に。 
 自然世界に影響を与えない月が、無意味にスクリーンの夜空に光輝く。
 高層ビル最上階のペントハウスで、大音量のロックが流れている。  ガラステーブルには吸い込まれた後の、微量の白い粉が残っている。 美しいラインを奏でる真っ白い肌が、偽りの光で影をつくり、横たわっている。
 「熱い……。 熱い……。 焼ける様に熱い……。 いやぁー……」
 金色の長い髪を振り乱し、ぐっしょりと大量の汗をかいて飛び起きる女性がいた。 毎夜夢に魘され、怯えている。 本当の時間は? 本当の時代は? 過去なのか、未来なのかが見えないでいる。 心の中の境界線が迷路にはまり、この世界から逃げ出したい。 だが、心の中の悪魔がそれを許さない。
 気だるそうに、シャワーの栓を捻る。 冷水が震える体を包み込み、足先へと流れ落ちる。 意識取り戻す為に、思いをはっきりさせる為に、目の前の鏡を見つめた。
 「私はここにいる。 現実に生きている……」
 火傷の痕が、消せない心の傷が、閉じ込めた叫びが聞こえる。
亡霊を断ち切るように、自分を睨みつけ、殴りつけた。
 欲望と戦い、流され、許す事の出来ない自分を見ると、涙が毀れ落ちる。 ひび割れた鏡の中の瞳と、握った拳には血が滲んでいた。 
 癒されない心の渇きを求めて。 葛藤するマリアであった。
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