暗黒の頂の向こうへ
第十章 求める答え
監視任務を終えた守は、気持の整理をつけるために、一人広島にダイブしていた。
戦時中ではあるが、広島の人々の生活は活気にあふれている。
皆、日本の勝利を信じ疑わない。 日々の生活は大変だが、闇市に群がる人々、元気よく走り回る男の子、少しでも生活の足しになればと着物を質に持ち込み、僅かなお米と交換する母親。
必死に生きようとする心に、力強さを感じる守であった。
しかし数日後の現実を知る守にとって、人々の笑顔や力強さが、かえって空しさを強くしていた。
何気なく子供たちを見つめていた視線の先に、強い殺気を感じた。以前少女を抱え、相まみえて立っていた謎の男が突如現れた。
その男は一点を見つめて歩き出す。 何故か守を見つめながら
守は慎重に電子銃のフックを外し、気づかれないよう身構える。
謎の男は脇目もふらず一直線に近づき、守の目の前で不適に笑い、歩みを止めた。
 「守君。 過去の世界で心が癒されたかい?」
守はその言葉に、体全身に電流が流れたように硬直した。
なぜなら、タイムトラベラーの身元は、絶対に知られてはいけなかった。 情報の漏洩は、即死を意味し、時代を遡りいつでも殺される危険性があるからである。
守は決意したように電子銃をホルスターに戻し、謎の男に問いかけた。 「なぜ、俺が時空警察と判った? なぜ、俺を生かしている? いつでも俺を殺せるはずだ! なぜ、ここに来た?」
 「お前を生かすも殺すも、俺の考え次第だ。 いつでも殺せるが、時間をやろう。 俺の後をついてこい」
謎の男は不気味な言葉を残し、時空の歪みに姿を消した。
守は謎の男の言葉の意味と、過去と未来の運命に戸惑いながら、謎の男の後を追って、時空の流れに身を任せた。
行く末を案じながら……。
ダイブアウトした二人は、海岸沿いの無機質で大きいコンクリートの上に降り立った。
守は直ぐさま時代検索を開始し、周囲を監視した。
そして視線を奪われた一点を凝視する。 その視線の先には、鉄骨が無残に飴ように折れ曲がり、原型を全く留めない崩壊した建物が現在していた。
 「お勉強のお時間だ。 守君。 ここは日本民族が三回目の十字架を背負う、福島第一原発の事故現場だ。
西暦2011年3月12日、連続した爆発により、広島型原爆150個分の放射能を、日本にそして世界に放出した。
なぜ日本民族がこれほどまでに、放射能に関わるのか? 不思議だとは思わないか……? 神の悪戯なのか! 警告なのか?」
守の心はざわついた。
「なぜ、俺に関わる? なぜ、ここに連れてきた? お前は俺に、何をさせたいんだ……?」
 「その疑問と答えは、全てお前の心の中にある。 そしてお前は、決断をせまられる」
意味深な言葉を残し、謎の男は闇に消えていった。
守は、謎の男の言葉が頭から離れない。
天を仰ぎ自問自答する。
「決断……! 俺は何を決断するんだ?」
日本人の運命を、日本人の使命を、思い悩む守は崩壊した建物を見つめながら思った。
自分の未来にきっと答えがあると信じて、運命の扉を後にした。

 深夜気配を消して、存在を消して、悟られないように目的地に向かう。 警察本部内で禁止されている光学迷彩を施し、押収品管理室に進入した。 そこには先日、マフィアのアジトで押収した大量の麻薬が並んでいる。 しかし隆一の目的はそれではない。 求める物は、ダイブコンピューターに記録された、臓器の存在であった。 盗み出した解除コードで、冷蔵安置室を空ける。 無数に置かれた物の中から、心引かれる小さな臓器を握り締めた。 目をつぶると、孤児院の悟が見えない空を、見上げている顔が浮かぶ……。 時空警察官としての、誇りが揺らぎそうになる。 しかし、もっと違うことに心を動かされた。 それは、多くの臓器が無い事である。 心臓、肝臓、腎臓、肺、手足、どれもが少ない……。 何故かは分からない? 管理室のコンピューターに侵入し、管理コードを打ち込み所在を検索する。
するとそこには、信じがたい事実が映し出されていた。 臓器それぞれの運搬先が克明に記されている。 隆一はその事実に驚愕した。 顔を歪め、握り締めた物を元に戻し、決意する。 その瞬間、けたたましく侵入警報が鳴り響いた。 コンピューターの不法アクセスで、侵入に気付かれたのだ。
 すぐさま管理室を後にし、ダイブスーツのパワーを上げる。 音速を超える速度で通路を飛行するが、前方に壁が迫る。
 50メートル、5メートル、隆一の体が激突する瞬間、大気を切り裂き衝撃音と共に姿を消した。 追っ手を振り切る為に、限界ぎりぎりで時空空間を飛行する。 何人もの時空警察官に追われるが、みるみるうちに引き離して行く。 最早、隆一の速度に着いて行けるのは、守しかいなかった。 

 巨大な建物が聳え立つ。 偽物の雨がコンクリートを叩き、怒りに震えた心と、やりきれない気持ちを紛らわすように、足元へと流れ落ちる。 この存在が、全てを揺るがす。 時空警察の闇にテラの闇に、迷わず隆一は侵入する。 そこは、医療機関の中心である総合病院であった。 
 厳重に警備された中央制御室が見える。 謎はその先にある。
見つめる闇の世界の先に、突然歪が現れた。
ゆっくりと謎の男が、両手を広げて自信満々に近づいて来る。
 「隆一君。 テラの闇の世界にようこそ……。 真実を知りたいなら手伝おう……。 タイムマシーンが何故作り出されたのか、何故必要なのか……。 分かるかい…… テラにとって、麻薬や武器や娼婦など、飾りに過ぎない。 放射能は大地を50万年汚染する。 地下1000メートルの都市も例外ではない。 徐々に大気や地下水は汚染され、人間の体も希望も蝕む。 地球が再生するには取るに足らない時間だが、人類が生き抜く為には途方も無い時間だ。 テラを牛耳る奴等は考えた。 汚染されていない体を求める為に、臓器の供給する先を……。 メキシコ・フアレスをなぞるように、旧世界の人類のように……。 汚染された臓器を交換するために、過去の世界がある。 警備室の馬鹿どもは俺に任せろ。 その目で、テラの現実と運命を見定めてこい」
 隆一は言葉がなかった。 想像はしていたが、タイムマシーンの事実までは知る由もなかった。
< 17 / 30 >

この作品をシェア

pagetop