暗黒の頂の向こうへ
幸いにも、テログループの計画は発見される事無く順調に進み、B29爆撃機は沖縄上空に近づいた。
 青年の鼓動が緊張した体に激しく響いた瞬間、テログループの計画が実行された。
 「時間だ……! 指示書どおりに行動すれば、必ず成功する」
 震えた手で指示書を開くと、驚愕の事実が記されていた。
そこには、胸に付けた重要装置の説明と、B29搭乗員の自由を奪う計画が書かれていた。
 「君の使命はB29爆撃機を、アメリカ軍沖縄駐留艦隊に墜落、もしくは原爆投下し殲滅する事だ。 胸に付けた重要装置は爆弾である。
この作戦は尊い君の命を犠牲にして、妹さんと子供たちを守る作戦である。 機体がアメリカ艦隊上空に差し掛かった時立ち上がり、胸のボタンを押すんだ。 英語で搭乗員に計画の説明が流れる。
君が決意し実行すれば、妹さんと子供達に明るい未来が訪れる」
 青年は言葉を失った。
堅く決意した心が揺らいだ! しかし自分の命を賭けなければ、妹は助からない。 死を予測していた事とはいえ、動揺し体中の筋肉が硬直した。 目を閉じると、妹の笑顔が浮かぶ。
この笑顔を守る為に、明るい未来に変える為に、青年は覚悟を決め心を奮い立たせた。
 「俺は、日本人だー……」
胸のスイッチを力強く押した。
 録音されたテログループの計画が機内に響き渡る。 B29乗組員は事実を把握できない。 近くにいた乗組員は爆弾の事実に為す術がなく青年に近寄るも、硬直し身構えた。
テログループの要求はアメリカ艦隊に対して原爆の投下であり、その要求が呑めない時は機体を破壊する事を告げたのであった。
B29の機長は逆らわず、機体の進路を沖縄駐留艦隊に向けた。
その時、時空監視船は、わずかな無線連絡を傍受していた。
「緊急連絡、B29爆撃機ボックスカーが進路変更しアメリカ艦隊上空に移動。 発信元不明の無線傍受。 応援要請する」
 「こちらグレン。 了解。 直ちにB29の機体にダイブアウトする」
B29の狭い空間が、息が詰まるように感じた瞬間、青年の体を分け合うように、時空警察と謎の男率いるテログループの数人がダイブアウトして来た。 お互いが身構え、緊張が走る!
 時空警察のグレンがテログループを睨み付け、電子サーベルを抜いた。 「貴様らに、原爆投下を阻止する事はできない……」
 「この青年は、この時代の人間だ。 歴史を変える為に、妹を守る為に、死を覚悟している。 我々の計画が実行出来ない時は、直ちにB29爆撃機を破壊し、長崎原爆投下の歴史を封印する」
 「ははは……。 お前らの計画は失敗する! 長崎の原爆投下の歴史は変わらない。 このB29爆撃機ボックスカーの機体が破壊されても、別行動の天候観測機を務めているB29エノラ・ゲイが、原爆投下の歴史を引き継ぐ。 その事実さえあれば、世界統一国家テラと、我々の歴史は存続できる! すでに、この会話中に監視船の空間移動装置で、原爆はエノラ・ゲイの機体に移動した。 そして我々が、長崎原爆投下を実行する……」
 その事実を聞いたテログループのリーダーは、押さえようもない怒りに爆弾のスイッチに手を掛けた。
「必ず歴史を変えてみせる……」
グレンの電子サーベルが青年に襲いかかる。
青年は立ちすくみ、避ける事もできない!
 激しい衝撃音が機内に響く!
「貴様、それでも時空警察か? お前も一緒に片付けてやる」
グレンの電子サーベルを遮るように、守の電子サーベルが立ちはだかった。
「お前との勝負は今度つけてやる……。 この青年の死に場所はここではない。 俺が元の世界に帰す」
守は約束を守る為に、青年を書き替える事の出来なかった歴史、長崎へと導き、時空の闇に消えていった。
謎の男も、守とグレンの睨み合いの間に姿を消していた。
 
グレンは、B29ボックスカーの乗組員全員の頭に、記憶誘導装置を取り付け記憶を書き替える。
それは本部への報告義務、許可を得ないまま独断の判断で事故処理を進めた! 時空警察の本質である、歴史を守る事の正義の輪郭を失い、暴走して行く。
 「グレン…… 本当に、B29エノラ・ゲイが長崎に原爆を落として大丈夫なのか? 歴史が変わってしまわないか?」 
「そんな事はどうでもいい。 広島だろうが長崎だろうが、日本人を地獄に叩き落とした事実があれば、歴史の流れは変わらない。 ただ残念なのは、俺が落とす原爆の事実を歴史に刻めない事だ……! 守の事は、本部に報告するな。 俺がかたづける!」
言い放ったグレンは、不気味な笑みを浮かべて、B29ボックスカーを後にしエノラ・ゲイに向かった……。

守は青年を連れて、バラック小屋の見える土手に降り立った。
青年は偽装したマスクを脱ぎ捨て、懸命に走る。 すると、何か忘れたように急に足を止め、振り返った。
「警察のお兄さん、有り難う。 元の世界に戻してくれて、本当に有り難う」 青年は深々と頭を下げ、走り去った。
愛する妹の元へ戻り、再会を果たす。
 仮想世界で体験したように、強烈な閃光と、渦を巻く炎が再び兄弟を襲う。 兄は妹を守るように、しっかりと抱きしめる。 
「幸子。 ごめんね。 お兄ちゃん、歴史を変えられなかった」
 「何で謝るの……? 今日も帰って来てくれた。 私は、お兄ちゃんと一緒なら何も怖くない。 私のヒーローだから」
 未来への希望は無情にも砕け散った。 青年は妹を守れない悔しさで、胸が張り裂けそうである。
 妹は愛する兄の腕の中で癒され、暗黒の闇の中へと消えて行った。 二人は儚い数分間ではあるが、生きている喜びを深く噛み締めた。
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