暗黒の頂の向こうへ
第十四章 約束
「こちら管制塔。 西暦1945年6月18日の旧日本列島沖縄本島付近、 経度127度41分、緯度26度13分地点に、複数のダイブアウトによる磁気反応を確認。

 「了解、こちら第四チーム。 ノア 出動します。
守。 隆一。 ダイブ準備。 ダイブアウトポイントの状況は太平洋戦争末期、アメリカ軍沖縄上陸作戦の真っ只中よ」
日本人の二人には、過去とはいえ直視したくない歴史の1ページであり、避けたい進入ポイントであった。
守と隆一はダイブスーツに身を包み、無言で心の準備をしていた。
静まり返った暗黒の空間を移動船ノアがダイブアウトした瞬間、轟音が響く! 青く澄み切った海一面を埋め尽くす、アメリカ艦隊の砲撃であった。 航空母艦から発進した無数のグラマン戦闘機からの連続爆撃。 上陸したシャーマン戦車隊の集中砲撃。
この攻撃で、日本軍の潜む沖縄の丘は原型をとどめないほど変形した。 日本軍は地下壕に忍び、ゲリラ戦を挑んでいる。
そして、そこには重たい歴史、ひめゆり学徒隊の存在があった。
沖縄陸軍病院の看護要員として動員された16歳から20歳の女子生徒達は、医療品も食料も無いまま、看護活動を続けていた。 
日本軍が、敗色濃厚となった6月18日、軍と行動を共にした学徒達は、銃撃やガス弾を地下壕に打ち込まれ、命からがら脱出する。
アメリカ軍に捕まると暴行を受けると教育され、悲しくも手榴弾で集団自決する。 学徒、教師240人のうち136人が死亡した。

 「こちら守。 今から不法侵入者のダイブアウトポイントに向かう。
ノアはアメリカ軍の砲撃を避け、沖縄東岸に退避。 調査完了後に、救出を求む」
守と隆一はアメリカ軍の砲撃をかわしながら、沖縄本島深く進入し、姿を消して高台の丘で監視した。
すると二人の目の前には、到底常識では考えられない光景が広がっていた。
 無数の穴の空いた丘に、大量の屍。 その屍が地雨のように降り注いだ爆撃で、チリとなって舞い上がる。 地下壕は容赦ない攻撃を受け、多くの学徒が死亡する。 二人は歴史で学んだ光景に硬直した。
今まさに、ひめゆり学徒隊の少女が地下壕を出て、伝染病を防ぐため、日本兵士の屍をリアカーに載せ、穴だらけの丘を進んでいる。 
二人は全身の毛穴から血が吹き出るほど、拳を強く握った。
戦艦からの砲撃。 空からの爆撃。 戦車からの砲撃の三重攻撃の中、到底生きて帰れる状況ではない。
このままでは、心をえぐられる。
「隆一。 俺は我慢できない。 抑える事ができない。 あの子を守る……」 魂の叫びが、抑えていた心の鎖を解放する。
制止する隆一を強引に振りきり、パワー全開で飛び出した。
少女に直撃する砲撃や爆撃弾を、電子サーベルで全身全霊で叩きおとす。 張り裂けた心を癒す為に、人生のジレンマに終止符を打つ為に!
守の目には、薄っすらと涙がにじんでいた。
その姿を静観する隆一は、規則を破り未来に波紋を広げる行為を、到底真似出来なかった。 そして守の行動を止める事も。
二人は規則違反の事を隠し、マリアに帰投の報告をした。
「こちら隆一……。 捜査終了。 テログループの痕跡を発見出来ない。救出を願う」
 守は、帰投中の母船で隆一に熱い思いを語った。
「人は、いつの時代もどう生きればよいか判らず、迷い悩み、手探りだ。 俺はありのままの自分でいたい。 心の感じるままに生きたい。 隆一。    もし俺が、テログループのように時代の変更を企んだら、迷わず殺してくれ……!」
守は今までの迷いが吹っ切れたように、清々しく、果て無き想いを
語った。
 「わかったよ……」 
星空の向こうに視線を向け、これから起こる運命を予感する。
一番恐れている心の叫びを押し殺して。
 
時空警察本部内での状況報告会議の決定により、
マリア率いる第四チームは、日本人原爆テロ阻止対策捜査から、
外される事になった。
< 28 / 30 >

この作品をシェア

pagetop